2010-10-19

天橋立 宮津 世屋高原 「紅葉はまだ遠く」

「天国はまだ遠く」を象徴するロケ地。一本桜と称される。松尾地区にある。

 「天国はまだ遠く」という映画(2008年公開)をご存知の方もおられると思う。

原作瀬尾まいこ、監督長澤雅彦、主演加藤ローサとチュートリアルの徳井。ロケ地は天橋立近く、とくに世屋、養老の周辺。
シネマトゥデイによる紹介ページはこちら→http://www.cinematoday.jp/movie/T0006682。
ロケ地に関する詳細はこちら→http://www.amanohashidate.jp/tenmada/roke_all1106.pdf


 ロケ地をひとことで言い表せば、宮津市でも山と海の"おいしい"景色が絡み合う場所。標高600mを超える太鼓山や高山を背に負いつつ山の地形が海に向かって落ちてゆくあたり。あちらこちらから海が遠望できる。山の頂と頂の間を白い客船が走る景色も目にする(左中段の写真で見えるかな?)。

上世屋の集落

 この映画のロケ地めぐりをレポートするブログも多いが、地元が用意したロケ地めぐりツアーを利用した記事は少ない。
ツアーの値段は、現地までの交通費を含まないで約4万円もする。う~ん・・・

  映画の話はさておき、この一帯は紅葉もなかなかすばらしい。
 関西の山々は杉の植林が古くから進んでいる。広葉樹の紅葉を楽しめる場所が少ない。そんななか、世屋高原一帯は広葉樹主体の植生だから、全山が紅葉する。東北地方の十和田八幡平や栗駒山などの迫力に及ぶはずもないが、関西のなかでは東北っぽい紅葉だ。

紅葉に関してこのページ→http://koyo.walkerplus.com/detail/ky6028.html

 ここの紅葉は11月に本格化する。今年みたいな猛暑の夏の場合、秋はどんなもんなんだろうか。世屋から太鼓山、そして野間へと抜ける丹後縦貫林道を走ってみた。林道といても舗装路ばかりだから、車の底を打つとかタイヤが破れるといった心配はない。
 もちろん紅葉にはまだ早すぎた。色を変え始めた木もなかにはあるという程度だ。「天国はまだ遠く」のあたりじゃ「紅葉はまだ遠く」といったところ。夜の気温がもうひとけた台にまで下がっているはずなので、これからどんどん木々が色づいていくのだと思う。



 ただ、ひとつ残念なことに、スイス村東側が道路工事で通行止めになっている。
 しかも11月30日まで。まことにいじわるな通行止め期間ではないか。
 もっとも頻繁に海を遠望できるのが角突山線と名づけられたルートで、宮津側の世屋から上がって世屋高原家族旅行村→スイス村へと通じる道なのだが、この工事区間がスイス村まであと約5~6kmの部分を塞いでいる。この秋はちょっと使いものにならない。

丹後縦貫林道の地図はこちら→ http://maps.google.com/maps?hl=ja&biw=1904&bih=841&q=%E4%B8%B9%E5%BE%8C%E7%B8%A6%E8%B2%AB%E6%9E%97%E9%81%93%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wl

 けれども、スイス村へは弥栄町側の野間から行くルートがある。より高い場所へ行きたいときはこのルートを使えばいい。 スイス村から碇高原を走って宇川に下りる区間では、宮津側と違って外海が視野に入ってくる。水平線まで見える。
 「天国はまだ遠く」的に角突山線で宮津側の海の遠望を楽しんで養老に下りてしまうだけでも、充分にドライブの値打ちがある。天橋立や伊根など、海の近くでもいっぱい遊びたいというときには、この世屋~角突山線~養老のルートがいい。
 

海へ下りてきた


魚が泳いでいたけど、写ったかな

2010-10-17

天橋立 Cafe du Pin、宮津市 NPOたんご村

  宮津にローソンがオープンした。
 私が掲げる丹後七不思議のひとつに、「なんで宮津にコンビニ少ない? 」というのがあるが、これまでミニストップ2軒のみだったのが、これでようやく3軒になった。
 「え、ミニストップはインターを下りてすぐの1軒だけだったでしょ?」と普通は思う。実は、舞鶴市へ向かうR178の由良丹後に、もうひとつミニストップがある。


 ローソンのオープンもできごとではあるが、その向かいに「NPOたんご村」というのがオープンしていた。昨日、初めてそれに気づいた。あそこは丹後ちりめんの店だとばかり思っていたからだ。NPOたんご村の詳細はこのリンクをたどって欲しい(http://tango.moo.jp/m/npo/)。
 ここではワンデイシェフという方式でレストランが開業している。いわば店全体がごっそり日替わりメニューになるようなものだ。ある日はそば屋、ある日はカレー屋、ある日は和食屋、ある日はピザ屋。
 昨日は宮津屋という名称の和食が店を開ける日だった。
 で、表に掲げられたこの日の定食メニュー。Aコースお肉&海鮮。Bコース海鮮&お肉。Cコース海鮮&お肉のフルコース。要するに、どれ食うても海鮮と肉やんけ。
 店に入っていくカップルもいた。 このメニューを見て笑いもせず、おおまじめな顔つきで入っていった。




  天橋立も行った。妻お龍も一緒だった。
 「Cafe du Pin」で一服した。お龍とは何度か天橋立へ来ているが、Cafe du Pinに案内したのは昨日が初めてだ。松林、運河、行き交う船、回旋橋。天橋立らしい風景をガラス越しに眺めながらくつろげる。お龍もごきげんさんだ。
 入り口の構えやちょっと中を覗いたときの印象では敷居の高そうな雰囲気もあるが、実はセルフサービス形式の喫茶店。ワインレストラン千歳のディナー席から眺めるのと同じ景観がコーヒー1杯の値段で手に入る。
 その千歳のソムリエをたまたま見つけたので、インターネット通販担当の上田さんを呼んでもらって自分のミスを謝った。何をどう失敗したのか、楽天を通じて私がカロン・ド・セギュール2000年を注文した結果になっていた。私は自分の失敗に気づかないでいた。私の銀行振込みを、上田さんは3ヶ月も待っていてくれた。本当に申し訳ないことをしてしまった。

 昨日初めて知ったもうひとつの事柄。Cafe du Pinはカフェ・ドゥ・パンと読むこと。ずっとカフェ・ドゥ・ピンだと思いこんでいて、宮津民謡の「ピント節」にちなむ店名だと勘違いしていた。

2010-10-16

綾部市 綾部パーキングエリア 舞鶴若狭道 「元祖あやPいまだに健在」 

 
 あやPに出会った。久しぶりに出会った。
 缶コーヒーが飲みたくて立ち寄った綾部パーキングエリア。
 あやPが昼寝をしていた。
  「おまえ、どうしてた?生きてたんか?」
 あやPにそう語りかけた。


 私の知る限りでは、この綾部パーキングエリアのノラネコはあやPから始まっている。あやPの娘が母ネコになり、その娘がまた母ネコになる。その間にあやPはまた腹がふくらんでいる。あやPには産休明けというものがない。あやPに新しい孫ができたかと思っていたら実はそれがあやPの新しい子供だったりする。

 近親相姦だからどんどん増えていくんでしょうという人もいるが、私はそうではないと考えている。というのも、子供時代は家族と常に行動をともにしていたオス猫が、ある日を境に綾部パーキングエリアからいきなり姿を消すからだ。ライオン同様、ノラネコも母系集団で生きていくのではないかと思える節がある。成長した後もあやPの周囲に残っているのはメス猫だけだ。

 あやPはえらい。何がえらいかというと、人なつっこい。行きずりのドライバーにも媚を売り、餌をねだる。そのおかげであやPの子供たちは飢えたことがない。
 日本高速道路公団もそこに気づいたのだろう。動物に餌をやらないでくれという貼り紙であやPに対抗してきた。
 でも、日本道路高速公団もまたえらい。貼り紙以外は見て見ぬふりをしている。 あやPを捕獲してしまえば解決が早いなんて、巡回のオジサンたちはこれっぽっちも考えていない。

自由軒 福知山市 洋食 「福知山のランチタイム⑧」

田舎町にもおいしいランチ。今回は「自由軒」。


 自由軒は昭和22年(1947年)生まれ。57歳の私よりも5歳年上だ。駅前商店街と新町商店街をつなぐ道筋に面して、ふたつの商店街の栄枯盛衰を目の当たりにしてきた。

 まずはこの動画を見て、いや、聞いていただきたい。店のCDラジカセとそこから流れていた昭和歌謡。三浦洸一(1928年生まれ・東京音大卒)が1957年に歌った「踊子」だ。



  あの頃、この歌がラジオから流れていた。いまとなってはもう洋食とは呼ばれないメニューがまだ洋食でありえた時代だ。
 カツは家庭料理のひとつだったが、レストランで食べるとデミグラスソースがかかっていた。デミグラスソースが「洋か否か」の生命線だったような記憶がある。

 半ズボンをはいてレストランに連れてもらう、お子様用の椅子に座る、コップで水が出てくる、メニューを開いて食べたいものを選ぶ、ナイフやフォークに白い紙が巻いてある。そういうもの全部含めての洋食だった。

 今日、私は、それを食べた。記憶に形を変えてしまったはずの洋食なのに、今日、私は、本当にそれを食べた。デミグラスソースのかかったトンカツ。ごはんが皿に盛られて福神漬けがついている。つけあわせのスパゲティが冷たいことまで昔ながらの洋食だ。

 私より5歳年上のレストラン。
 来る日も来る日もずっと洋食を出し続けてきた。昭和22年が昨日で平成22年が今日であるような気さえする。

 注文の品を出し終えた店の人は奥に引っ込んでしまった。 3人か4人がキッチンにいるようだ。でも、誰も出てこない。客は放ったらかしにされている。それが気楽でとても気分よかった。あ、そうか、なるほどそれで自由軒かと、勝手に店の名の由来にしておいた。



【連れは八宝菜と焼き飯を食べた。おばあちゃんに作ってもらった焼き飯の味だと感激していた。八宝菜も中華料理というよりもオカズを作ったといった味で、おいしさがそのまま心にくる】



【ずらりと並んだおかもち(料理を食器ごと出前する際に用いる箱)】



2010-10-14

ホテルアルスタイン 舞鶴市 東舞鶴 ビジネスホテル 「野鳥と社長」


 ホテルアルスタインの櫻木社長と朝の挨拶。
 見れば、社長が何かを大事そうに両手で持って胸のあたりで抱いている。
 ブログのネタばかり探している私がそれを見逃すはずもない。
 「社長、おはよう。どうしたの?」
 社長が宝物のようにかかえていたのは重ねあわせたふたつの小さなバスケット。
 「いまそこで鳥がケガをしていまして」と社長が言う。
 出勤途上の道でケガをしていた野鳥を見つけた社長は、小さなバスケットを救急車がわりにして、ホテルのロビーまで運んできたのだ。
 そっとバスケットのなかをのぞかせてもらって(そっとというわりにはブログ用にしっかり写真まで撮っているが)、これはシジュウカラではないかと思ったが自信がない。


  「私は鳥が大好きなんですよ。動物病院に電話したら連れて来なさいという返答でしたので、いまから連れていきます」。
 愛鳥精神にあふれた社長。野鳥も櫻木社長に見つけてもらってよかった。他のホテルの社長だったら食べられていたということはないだろうが、野鳥の生命のために朝一番のビジネスタイムを割いてくれただろうか。
 櫻木社長はカジュアルスタイルで出勤してくる。年齢もまだ若い。スーツ姿の私と話していたら、私が社長で社長が客みたいだ。 腕のいい大工という一面もあって、なかなかユニークな人だ。
 
10周年に寄せられた花
 ホテルアルスタインは今年で10周年。私は、ここの人たちが大好きだ。ビジネス出張のホテル選びにはいろいろな要素があるが、私のように毎日が宿泊生活だと人の要素がより重要になってくる。
 ケガをした野鳥をこれから動物病院に連れて行くという社長。にこにこ顔でその話に入ってくる従業員。私には、これがホテルアルスタインの魅力だ。