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2012-08-19

ちりめん街道(与謝町加悦) 旧尾藤家住宅 今西さんと小林さん

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 左が今西さん、右が小林さんです。
 お盆、家の用事もあるでしょうに、この日も尾藤家で見学客を待っておられました。
 ごらんの通りの笑顔で、世間話のように案内して下さいます。

2012-04-18

浅茂川(網野町) 海風のちりめんエリア

  桜の咲き乱れる季節は、丹後ちりめんが誕生した季節です。
 享保5年(1720年)の春、桜満開のなか、峯山の絹屋佐平治が丹後ちりめんを織り出すことに成功したと伝えられています。

 私が訪れたのは、網野町浅茂川の田勇機業(株)。工場内を見学させてもらえる織元さんはそう多く
ありませんが、田勇さんの場合は「工場見学、お気軽にお立ち寄り下さい」との看板があります。

2012-02-16

丹後ちりめん歴史館(与謝郡与謝野町) シルクスカーフ1480円

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 おばあちゃんの誕生祝(遅ればせながら)ということで、丹後ちりめん歴史館にシルクスカーフを買いに行きました。

2011-01-19

花恋 与謝野町 道の駅シルクのまち かや




 オーナーはギター小僧。
 店の天井近くにずらりと並べられたギターの数々。
 すべてオーナーの持ち物。
 大音量マーシャルのアンプとスピーカー。
  よほどの道楽者だ。


 そんな喫茶店が道の駅にある。なんでやねん?の楽しさだ。
  店の名前は「花恋」と書いてかれん。
 来夢来人でライムライトと読むような、その種の店名。

 
 ストラトキャスター

後藤晃宏。ここをクリックで彼のサイトへ直行
    







   



 ストラトキャスターとマーシャルの組み合わせですかあ。
 けっこう古からロックやってはりそうですなあ。
 ジミヘンのコピーとかだいぶ凝らはりましたでしょう。
 心がいきなり後藤晃宏(京都のFM局αステーションのDJ)に早変わり。

 ライブは月に1度。第4土曜日、夜8時くらいから。このときは道の駅も開いている。

SL広場。蒸気機関車が展示されている。
 大きなガラスの向こうにはSL広場。
 まこともって不思議な空間。
 私は退屈しないが、無価値の人にはまったく無価値だろう。
   その裏づけに、「ハイネの食べ歩き」というブログでは、ギターのことにはまったく触れず、通り一遍のことしか書いていない。
 

故人となった藤田まことさんのサインが飾ってあった
 
谷口キヨピーも来たことあるのかな

2010-12-09

縮緬街道 その② 与謝郡与謝野町加悦

縮緬街道その①からの続きです。


丹後路はレトロ物品の百貨店

骨董品の百貨店、丹後路


  百貨店というのはもののたとえで、正確にはレトロな物品をところ狭しと置きまくった小規模博物館的存在。
フマキラー散布器








 懐かしいものは何でもあるといっていい。いや、むしろ、私には古すぎるもの、たとえば旧日本軍のヘルメットなどは本物を初めて見ることになり、懐かしいというよりも珍しい。私の場合、フマキラー噴霧器(写真)がやたら心にしみた。 

 
 縮緬街道本来の趣旨からいけば、このレトロ博物屋敷に置かれた骨董品がなかったとしてもいっこうにかまわない。けれども、私は、こういうノリが大好きだ。

こちらの蔵も骨董品置き場







蔵の内部
こんなものまである

  旧尾藤家(入場料200円)


旧尾藤家のたたずまい

 丹後路でおびただしい骨董に目を丸くした後はきわめて真面目なお勉強。縮緬街道の核心部ともいえる旧尾藤家に至る。
 ボランティアの方々だろうか、学術文化員とでも呼びたくなる女性が待機していて、縮緬街道の変遷や尾藤家の歴史を解説してくれる。
 当代の尾藤家は宮津でふくろ屋という醤油業を営んでいると聞いた。ふくろ屋自体が300年以上も続く醤油醸造元なので、その創始者が尾藤家だというのでは尾藤家の歴史に反する。尾藤家がふくろ屋を途中から継いだということらしい。
 ふくろ屋といえば「あしぎぬ」という醤油だったはずだ。楽天のこのサイトが「あしぎぬ」を通販している(http://item.rakuten.co.jp/100kyoto/10000111/)。
 あしぎぬとは奈良時代の絹布のこと。丹後の弥栄から聖武天皇に献上されたあしぎぬが正倉院に保管されていると聞く。
 旧尾藤家の屋敷内の写真はなし。本物がすごくいいから。私も写真を撮影しなかった。見てるだけのほうがよかった。

旅館井筒屋


  部屋へ上がってのランチタイムありの古い旅館というので心が騒ぐ。ブログネタに詰まったときには来てみよう。
 レンタルバーもあるという。旅館のなかにあるレトロな造りのバーに飲み物を持ち込んで飲み会ができるそうだ。
 詳しくはこのリンクで見ていただきたい。
http://web.kaya.or.jp/tirimen-kaido/




旧加悦町役場

旧加悦町役場玄関

物産品展示コーナー

 縮緬街道を象徴する建造物だが、使い方に芸がなさすぎると私は思う。
喫茶店
 ここの駐車場に車を置いて徒歩で縮緬街道を楽しむのが一般的なコースだ。言い換えれば旧加悦町役場は縮緬街道スタート地点という大切な役割を担う場所だけに、こんな程度の活用法でいいのかと首をかしげてしまう。
 フロアの半分ほどは土日祝限定の喫茶店が入っている。しかし、それも喫茶店としては中途半端な店だ。ケーキがとびきりおいしいとか特色があればいいのだが、実際はこれといったキャラがない。喫茶スペースのインテリアも縮緬街道との統一感を意識したものだとは思えない。
 喫茶店ではない残り半分を観光パンフの置き場所や地元名産品の展示に充てている。しかし、全体としてどうにも空間を持て余し気味といった印象が否めない。
 野田川にあるちりめん歴史館のシルク製品販売所をこの旧加悦町役場に移すなど、なにかもう少しおもしろい場所にできないものだろうか。


縮緬街道その③「縮緬豪邸を改造したカラオケ喫茶"音(オン)ステージ"」へ続く




2010-12-07

縮緬街道 その① 与謝野郡与謝野町加悦 


 丹後の魅力はさまざまだが、レトロというのもひとつのキーワードにちがいない。道を往けば古いものが古いままで残っている。与謝野町加悦の「縮緬街道」はその代表格だといえる。
 地形に沿って上ったり下ったりしながらときおり方向を変える道筋。その道筋の家並みは、主に明治から昭和初期のもので、なかに江戸時代も混じる。
 「ちりめんかいどう、ちりめんかいどう」。言葉の響きのよさに心を惹かれつつ歩く。
 私の紹介はいたって気まぐれで、自分が「お!」と思った内容しかお伝えできない。そこで、客観性を期して、以下のリンクをたどっていただければありがたい。

 ★ のんびりマップ-ちりめん街道 
  ★ 機織りはタンゴのリズム
  ★ ちりめん街道まるごとミュージアム(動画)
 ★ ちりめん街道

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福知山インターから大江山を越えて加悦の里へ

福知山市雲原あたりのイチョウ
 加悦---「かや」と読む。与謝野郡与謝野町の加悦。ここに縮緬街道がある。縮緬の生産と販売で賑わった時代を偲ばせるレトロな景観は与謝野町全体の特徴ともいえるのだが、そのレトロなたたずまいをとくに観光資源化した地区が加悦であり縮緬街道だ。

 福知山市と与謝野町の間には大江山が横たわる。国道176号線で大江山を越えて与謝野町へと下りる。福知山インターからの経路を掲載したいが、Google Mapをブログにうまく挿入することができない。
 
 与謝野町と福知山市の境は与謝峠の与謝トンネル。その与謝トンネルに向かう手前でこの黄色い家が見える。周りがすべて地味な山村風景だけにいやでも目立つ。
 興味をそそられて家のそばまで近寄ると、何か特別な目的で建てられた家らしく、常に人が住んでいるわけではないことがわかる。そして、板でできた表札(右の写真)。どう読みますか?って、誰が読んでもまずはウンコ荘じゃないのだろうか。





 与謝トンネルを抜けると加悦の里が眼下に広がる。そこがパラグライダーの滑走地点になっている。土日にはスクールが開催されている。「やってみませんか、気持ちいいですよ」と誘ってもらった。


 





 峠道を下りて道が平坦に変わるところに喫茶店「もっく」の看板が見える。そこが国道176号線から左斜めへとそれて旧道へ入るポイント。そのまま国道176号線をまっすぐ走って縮緬街道を目指すこともできる。けれども、旧道の情緒がちょうど縮緬街道への序奏となることを思うと、「もっく」で斜め左へ向かうほうがいい。



 喫茶店「もっこ」から走ること約5分。縮緬街道の分岐点はわかりにくい。この小さな石の標識があるにはあるが、車を運転していれば見落とす。そこで、ランドマークは、下の写真、「ヘアーサロンすぎもと」だ。要するに、信号なしの交差点で斜め方向に左へそれていく場所。そのような分岐は他にないので、そこに至ったらヘアーサロンすぎもとを確認して左へ行ってみることだ。











縮緬街道へ入る                              


 








 






 選んだ道が正しければこんな見かけの旧家が現れ始める。縮緬街道の景色が始まったことを知る。運転席からの景観は右の写真のような感じ。決して広い道ではない。
 縮緬街道が賑やかだった時代、京都と加悦を結ぶ道はこれ一本だった。福知山を経由して3日を要したそうだ。その不利を克服すべく、電信設備が取り入れられ、加悦鉄道も敷設された。
 それぞれの家の玄関は道から少し距離を置いて引っ込んでいる。積雪を見越しての建て方で、玄関を出てすぐ公道の積雪に踏み入れるようではなにかと不便だからだ。道筋のほとんどの家は横に長い。


  このような由緒ありげなお屋敷にも出会う。それらはたいてい街道を代表する建物で、「なんとか家」などと呼び名がつけられ、その呼び名が玄関や塀に表示されている。









 伊藤内科医院



  やがて内科小児科伊藤医院が見えてくる。縮緬街道を代表する建造物のひとつ。白い建物なのですぐにわかる。
 大正6年頃に建てられた木造の洋館。加悦としては初の西洋医学診療所だった。直系子孫の当代伊藤先生は加悦の別の場所で開業されていて患者さんも多い。私もごくたまに面談させてもらう先生だ。
 伊藤医院の玄関扉上部には、健康と医学を象徴するレリーフが彫られている。










川島酒造の酒蔵とちりめん茶屋           



  川嶋酒造の酒蔵跡を活用して、土曜、日曜、祝日限定のカフェ「ちりめん茶屋」が営まれる。酒蔵の喫茶店は地元青年会議所メンバーの発案だと聞いた。





 ちりめん茶屋は下の写真。ジャズが流れている。ゆっくりくつろぎたかったのだが、ポケットを探ったら金がなかった。車に忘れてきていた。

















寺社の多さに驚く                              



 愛宕神社。階段を数えながら本殿まで登ったら140段あった。階段の上がり口から後ろを振り向けば、大江山方向にこんな景色(下の写真)が見えた。




 縮緬街道には寺社が多い。ここに掲げた写真はすべて別の寺や神社だ。寺があれば必ずその隣に神社がある。いずれの寺も神社も山裾に位置するから、階段を登らないことには山門や鳥居を眺めているだけに終わる。なかでも天満宮の階段はとくに長かった。











 そして、まったくレトロではないこの神社。出雲大社巌分祠(後藤神社)という。周辺のレトロをあざ笑うかのよう。縮緬街道にまったく似つかわしくない風景だ。この神社の看板はひときわ大きいが、出向いてみたところでこんな神殿があるだけだ。



気の向くままに民家を撮影