空が広い町、松任。
ユーミン(松任谷由美)は「まつとうや」ですが、石川県の松任は「まっとう」という読み方になります。
コンピューターの液晶ディスプレイのなかでも特別に高品質で高価格のEIZO(ナナオ)。その本社がこの松任にあります。
デジタルの時代ですらも典雅な技はやはり加賀かと、この地の懐の深さを思い知ります。
その加賀国松任に本店を構える圓八(えんぱち)は、270年の歴史を有する和菓子の老舗です。あんころ餅のおいしさに定評があります。
石川県を代表するあんころ餅だと言ってかまわないと、私は思っています。
水と米の松任
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白山連峰の奥深くに水源をもつ手取川。イワナを釣りに足を踏み入れれば、いずれの谷も急峻です。
水源の奥深さゆえ、手取川は中流域ですらまだ山間地を流れています。ところが、鶴来町で山の地形が終わるやいなや、山に別れを告げた手取川流域には海までの扇状地が広がります。
平成の市町村合併で誕生した白山市は、この手取川流域に位置する1市2町5村によって構成されています。
手取川の流程は72km。ひとつの自治体のなかでイワナもスズキも釣れる。海側と山側で積雪量が大きく異なり、春の到来にも月単位の開きがあります。
標高2702mの白山から海抜0mの海までがひとつの自治体に収まる白山市。
そのなかでも松任は、手取川扇状地の海沿いに位置し、豊かな伏流水と肥沃な耕作地の恩恵を受けてきました。
つまり、うまい水と米の要因を満たした土地柄です。そういう地域がおいしい日本酒のふるさとになるのは、日本全国の共通傾向です。
松任の酒といえば、天狗舞、高砂、手取川。松任から少し外れますが、同じ白山市の鶴来には菊姫や萬歳楽があります。
風土に根ざすおいしさは、酒ばかりではありません。おいしい米と水があれば和菓子もおいしい。これまた道理のようであります。創業が元文2年(1737年)という圓八も、地元の水と米に支えられた和菓子作りであることを強調しています。
詳しくは、圓八のホームページを見てください。
つぶれていてもいいんです
昔ながらに、竹の皮で包んだだけのあんころ餅。
1包350円です。
圓八の商品イメージ写真では、あんころ餅は1個ずつに分かれています。
ところが、家で包みを開きますと、これこの通り。
竹皮のなかであんころ餅どうしがくっつきあって、こし餡の固まりに変身しています。
初めてのときは誰もが「え?うそ?」と驚きます。
あんこのかたまりを買ってきたつもりはない。
けれども、これが正常な姿です。圓八の商品説明は次のように言っています。
◎あんころって、四角いと思っていませんか?
日頃、皆さんは竹の皮を開げると、"四角いあんころ"をご覧になっているでしょ?実は、丸い九つのあんころが竹の皮に包まれているのです。竹の皮で包まれ、竹のひもで結ばれることによって、丸いあんころが四角くひとつにまとまっているだけなのです。"四角いあんころ"しかご覧になったことがない方にとっては、新しい発見ですね。是非、みなさんに教えてあげてください。
「新しい発見ですね。是非、みなさんに教えてあげてください」って、ちょっとなにやら言い訳じみた商品説明に見えないこともありません。
けれども、このあんこのかたまりは、無制限一本勝負といいますか、無差別級といいますか、餡もの大好き人間というのはこういうほうがかえって嬉しいものです。
あんこは固まっていますが、餅はちゃんと1個ずつに切れています。つま楊枝を突き刺せばひとつずつ食べることができます。
全国的にはどら焼きか?
あんころ餅がおいしくて、店頭ではおはぎを大きくアピールする圓八ですが、全国的にはどら焼きのほうでよく知られているかもしれません。
2010年、テレビ番組の「ダウンタウンDX」で園八のどら焼きが紹介され、いっときはちょっとしたブームになりました。
圓八のホームページからどら焼きの商品紹介文を引用します。
「あんころ餅」の『圓八』で、2010年、大ヒットしたのは、クリームチーズ入りのどら焼きです。テレビ番組『ダウンタウンDX』で紹介された際、なんと2日で全国から1万個も注文が入ったというものです。チーズと餡のバランスが絶妙な一品です。
このどら焼きも買おうとしましたが、1200円しかお金を持っていませんでした。「クレジットカードはいけますか?」と尋ねたら「現金だけです」との答でした。
朝顔の外にこぼすな
松任は、江戸時代の女流俳人、加賀千代女(かがのちよじょ)の出身地でもあります。
写真は千代女の里俳句館前に立つ加賀千代女像です。
尼僧の姿をしているのは、52歳で仏門に入ったからでして、加賀千代尼と称されることも少なくありません。
加賀千代女といえば、みなさんもよくご存知の一句が、「朝顔の外にこぼすな竿の露」。ちがうって。「朝顔やつるべとられてもらい水」です。
ちなみに、「朝顔の外にこぼすな竿の露」は、男性トイレでときどき見かける注意書き。もう一歩前に出て、最後の一滴に至るまでちゃんと便器の内側にオシッコしなさいと促しています。
他には、「急ぐとも 心静かに 手を添えて 外に漏らすな 松茸の露」というものあります。エノキダケくらいの粗チン男も、松茸といわれたら自分もその一人だと思ってしまいます。
女性トイレにはこの類の注意書きがあるのでしょうか。
しゃがむとも お次の人を思いやり 小を兼ねての大はやめてね。
さて、加賀千代女が朝顔好きだっただけに、松任ではアサガオをよく見かけます。世間ではゴーヤのグリーンカーテンが流行っていますが、松任ではそれがアサガオになります。
和菓子店である田中屋の店先には、沖縄原産という紫色の朝顔が花を広げていました。花の手入れが店の大切な仕事にもなっているらしく、枯れた花を摘み取る店員さんの姿がありました。
朝顔のグリーンカーテンの前にアイスキャンデーののぼり旗が立っていました。店内で食べました。いまどき一本80円という値段です。
カチンカチンに凍っていて歯がかけそうでしたが、口の中でとけた小豆の味はまろやかで、さすがに和菓子屋さんのアイスキャンデーだと感心しました。
もう秋なのか、自分が年寄りなのか、アイスキャンデーで身体が冷えてオシッコしたくなりました。加賀千代女の里に来ているのです。最後の一滴まで腹圧を充分にかけて飛距離を保ち、竿の露も松茸の露も外にこぼしませんでした。
松任ふるさと館(元は吉田茂平邸宅)
松任駅前広場には、千代女の里俳句館と並んで松任ふるさと館があります。
松任ふるさと館の前身は、吉田茂平さんのお屋敷でした。1982年(昭和57年)に市に譲り渡されたそうです。吉田茂平という人は、石川県に本拠を置く吉田倉庫の創業者です。
明治~昭和にかけて、倉庫業、米穀業、金融業で成功をおさめた実業家でした。明治の銭屋五兵衛とまでいわれたそうです。
「ご自由にご休息下さい」の看板でしたので、ちょっと入ってみました。
いまの時代、どれだけお金があってもこれだけの建材が手に入らない---古い屋敷に入れば、たいていそのパターンだといえます。
この吉田茂平邸も、欅を用いた八寸の柱ですとか、一間幅の扉ですとか、赤い色の壁土ですとか、少し説明を聞いただけでお金持ちぶりが伝わってきました。
なんとワンコインでこのおいしさ
おさちゅんさんは1200円持っていました。ひとつ350円のあんころ餅をふたつ買いました。残りはいくらでしょう。
そう、500円で昼ごはんを食べることになります。昼ごはんで500円を使ったら、京都まで一文無しのドライブです。いまいるのは松任(まっとう)ですが、やってることはまっとうじゃない。
ところが、です。安い中華屋に行き当たりました。
さっきは圓八でした。今度は丸八です。
北京そばが本日は500円。普段は530円です。
どんなもんか知りませんけど、これを食うより他ありません。
北京そばというのは、いわば中華丼の麺バージョンでした。八宝菜を麺で食べるといった趣向です。
これが、おいしかった。500円という値段もインパクトなら、その値段でこんなにおいしいのもインパクトです。ここでも加賀の実力を思い知らされました。
そういえば、小松市には中華のおいしい店があると聞きます。小松と松任は決して同質の町どうしではないけれども、金沢市との対比においてどこか共通の臭いをもった町どうしでもあります。丸八のおいしさはそんな流れかもしれないと思いました。
圓八のあんころ餅、丸八の北京そば。ともに名前に八がついて、末広がりのめでたさです。
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