おおかみこどもの雨と雪が暮らした古民家。大きさに驚く。
北國新聞2012年8月23日付 富山のニュースから引用
上市の古民家、見学者絶えず
映画「おおかみこどもの雨と雪」のモデル
大ヒット中のアニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」で描かれている家のモデルとなっ た上市町浅生の古民家に、映画ファンが県内外から訪れ、感慨に浸っている。(中略)
映画を製作した細田守監督は上市町出身で、古民家は、主人公の「花」とおおかみこど もが都会から田舎に移り住んだ家のモデルとなった。
座敷に上がらせてもらうと、持ち主の山崎正美さん(71歳)が座っておられました。
家を見に来た客のひとりひとりにお茶を出しておられました。
大きな家ですねえ。
大きなガラクタです。
築100年はいってますよね。
だいたい120年でしょう。
そんなやりとりから話が始まりました。
この家で暮らした人たちでしょうか。遺影が飾られていました。
山崎さん自身は山を下りて里で暮らす身。この古い屋敷がずっと空き家状態になっています。
8年前から、誰もが自由に出入りできるようにしていました。風を入れたり掃除をしたり、屋敷の手入れを欠かしたことがありませんが、これからこの家をどうするべきか、ずっと悩んでいたそうです。
そこに、おおかみこどもがもたらしたこの変化。人が来ますよと、映画関係者から言われていたそうです。
けれども、使い道に戸惑うこの屋敷がせめて誰かのために役立ってくれるのなら本望との思いが以前からあったそうで、だからこそ、誰もが出入りしてかまわないことにしてきました。
そんな山崎さんですから、なるべくこの家に居られるように時間を工面し、家を見に来た人たちと直に触れ合えるようにしているとのことです。
「とはいえ、こうなってしまうと、自分の考えだけで家のことを決めにくいですよねえ」と投げかけてみたら、「それは、まあ、そういうことになるんでしょうかねえ」と言葉を濁しておられました。
本当は少し嫌でしょう?と尋ねるわけにもいかず、「入場料もとらないのに、ありがとうございます」と言い換えました。
玄関。映画にも登場する。小さな顔半分は心霊現象?いえいいえ、Kさんです。
座敷には、もうひとり、Kさんがおられました。お二人は親戚以上の間柄です。
2年前の秋でした。Kさんがナメコ採りに来たら、空き家のはずの屋内からこうこうと灯りがもれ、3人の「立派な紳士方」が屋敷の内と外を歩き回っていました。
誰にも自由な出入りを許していますから、行動を咎めることはできません。けれども、山村の日常を超える光景でした。
何しとられるがですか?
そう声をかけたKさんに、実はかくかくしかじかでと、「立派な紳士方」が事情を説明しました。
Kさんはすぐに山崎さんに電話しました。
「ほれ、この黒電話で」とKさんが指を差す先に、昔ながらの電話機がありました。ここは携帯の圏外です。
まだこの時点で、細田守という著名なアニメ映画監督を、お二人ともが知りませんでした。上市町の出身者であることもまったく知りませんでした。
上市町で暮らすなか、知っておかないと失礼に当たる人物は多い。けれども、細田守という名前はその遠い親戚筋にすら見当たらない。その程度だった様子です。
雨と雪がけんかしてむちゃくちゃにしてしまったストーブ。
いっぽう、細田監督のほうは、もうここしかないの気持ちで東京へ戻っていった。家を見た途端にここだと決めた。決定的な瞬間だったようです。
山崎さんのお話から監督の高揚感を窺い知ることができました。
上機嫌の監督が踊るような動作で事務所に入ってきたことを、関係者が山崎さんに伝えていました。
山崎さんによりますと、細田監督は、故郷の上市町にこだわって古民家探しをしていたわけではないそうです。
物語にぴったりの古民家を探して日本のあちこちに出向いてみても理想の家に出会えなかった。それがたまたま、自分自身の故郷で、またとない出会いを得るに至った。
「粘り勝ちだ」と周囲に伝え、本当に喜んでいたそうです。
出来上がった作品を山崎さんは2回観たとおっしゃいます。
ことあるごとに自分の家が現れて、そのたびに自分自身が出演してるみたいな気分になって、落ち着かなかったそうです。
見落として帰ることがないようにと、映画と同じ眺めをあれこれ教えてくださいました。
しかし、申し訳ないかな、私がまだ映画を見ていませんでした。
炊事場。屋敷の大きさに比して質素。ここのシーンも何度か出てきた。
ゆっくりしていけばいい。タクシーなら30分くらい待ってくれるそうだから。
山崎さんもKさんもそうおっしゃってくださるのですが、すでに30分近くになっていました。
お二人とも玄関に立って、消え去る私をずっと見送ってくださいました。そこまでしていただくと恐縮すぎます。そう言いたかった。言葉に代えて、私は小走りにタクシーへと向かいました。
玄関が死角に入ってしまう前に振り返りました。お二人はまだそこに立っておられました。私は手を高く振りました。同じ動作がお二人から返ってきました。
雨が降り始めていました。お二人の影が、アニメのように平坦化していきました。
印象的なシーンのたびに登場した光景。家までの小径。
解体したら解体したでお金がかかりますから。この辺では雪がつぶしてくれるのを待っています。
運転手さんがそう言いました。
それでもなお、この山村に住み続ける人がいます。
独りになった母親を里に連れて下りても、山に帰りたがる気持ちを変えられない。そのケースのほうが多いそうです。
少しの畑と少しの田んぼがあれば山のほうが暮らしやすいと母親が言い続ける。だから、しかたなく、山に帰す。
いや、帰すではなくて、返すのほうが当たっているのでしょうか。そこまで山と人がひとつになれるものなら、おおかみこどもがどこかにいても不思議ではありません。
山とはいえ、北アルプスを背負う町からすれば、ここはまだ山の入り口です。等高線がやっと密になり始めたばかりの地域です。
山村の奥には、約15kmの幅にわたってさらに深い山と谷が連なります。その先5kmのあたりに剱岳の頂上。標高2999mの峻険な姿で屹立します。
剱岳の頂点まで、全部上市町ですから。
そんなことを考える人、あまりおらんがですけど。
運転手さんがそう言いました。
人の目から見た山がどうあれ、山から見れば剱岳の切っ先から人里までが我が身です。そこに不連続はありません。だから、容赦なく冬の雪を降らせ、初夏の新緑で人里を輝かせ、真夏の青空を海まで広げ、秋の紅葉で人里を飾る。
剱岳の頂点まで上市町。運転手さんのポエムです。
大岩山日石寺から始まる古民家への道。すれ違える場所が少ない。
下り道の見通しがききにくいコーナーで、対向車が現れました。軽自動車でした。
車体にもみじマークは見当たりませんが、運転席に座っているのは見るからにもみじドライバーでした。
道幅がない。2台がすれ違うのは無理です。
軽自動車のもみじドライバーのほうが、バックしそうなそぶりを見せました。
そのときです。タクシーの運転手さんが、迷うことなくギアをバックに入れ換えて、左腕を助手席に回し、ここまでのくねくね道を戻り始めました。前に進んでいたときと変わらない速度で、細かな曲線通りに戻っていきます。
動画の逆再生でした。長い後進で待避所に至ったタクシーは、タイヤを山側に揃えて停止し、対向車を通しました。
上市町役場も、上市町観光協会も、古民家までの行き帰りにはタクシー利用を推奨しています。その理由を目の当たりにしました。
譲る心だけでこの山道は通れません。譲る技術が欠かせません。
映画評論家の前田有一は、「おおかみこどもの雨と雪」に激辛酷評を下し、40点という採点結果を弾き出しました。
けれども、山深さに触れたときの心のおののき、山を背負う上市町の風土、そして山懐のように深い人の気質を前田有一が知っていたなら、この作品に対してもっと寛大でいられたのではないでしょうか。
大岩山日石寺の十二支滝。立山連峰の清冽な水を落とす。
大岩山日石寺は、見かけによらず恋のパワースポット。
関連情報
★上市町役場や上市町観光協会(富山電鉄上市駅内)が現地で配布している資料があります。A4版4枚に印刷された手作り資料で、映画スポットへの道案内にもなっています。上市探訪のいい記念になると思います。
★古民家までの交通手段:片道2km、往復4km。上市町役場や観光協会は徒歩かタクシー利用を推奨しています。旭タクシー0766-472-0456 上市交通076-472-0151
上市駅~古民家をタクシーで往復しますと、約7000円になります。いっぽう、大岩山日石寺~古民家の往復客を対象に、旭タクシーが3000円の定額料金を設定しています。
大岩山日石寺や古民家は携帯の圏外ですので、あらかじめタクシーを手配しておく必要があります。タクシー手配後に大岩山日石寺の駐車場まで自家用車で向かい、そこでタクシーに乗車します。
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