へえ、こんな本が出てたのか。
6月発行ですし、テレビ番組でも紹介されたとかで、ネタにするのが遅いくらいです。でも、酒がますますおいしくなる季節もじきにやってくることですし、まあ見てください。
この本は、漫画+解説文という形で進んでいきます。居酒屋のつまみがおいしくなるトリビアを、まずは漫画で紹介し、次に、そのトリビアに科学的な解説を加えてあります。
漫画を担当しているのは、筆吉純一郎さん。福井県生まれの人で、「空想科学大戦」でよく知られた漫画家です。
「伏木教授の酔いどれ講座」という副題で、各トリビアの科学的解説を担当しているのは、京大農学部の伏木亨教授です。おいしさの科学なんてあまり誰もやらないテーマですが、それをライフワークにしてきた、ユニークな学者です。
居酒屋でおいしく食べるコツ・おいしく飲むコツを、伏木教授が筆吉さんに伝え、筆吉さんはそれらを居酒屋で試した。そして、なるほどこれはいけると納得できたコツだけをピックアップして漫画にしたそうです。吹き出し内のセリフが科学的事実と矛盾しないように、伏木教授との打ち合わせには手間ひまを惜しまなかったといいます。
ま、どんな中味か、目次を見てください。下の画像では第12話までしか見えませんが、全部で第15話まであって、第13話「大人の味」はまぜうまい?、第14話おいしさには「せつなさ」が必要、第15話酒は一人で飲むものなのだ、と続きます。
漫画仕立てですから。主人公がいます。40歳にしていまだ独身、さほど大きくはない会社の係長。近頃の40歳男性には、こういう境遇が珍しくありません。行きつけの居酒屋「こかげや」で毎晩の夕食を済ましています。
その「こかげや」に、ある日、アルバイトの若い女性、味沢リンがやってきます。このリンちゃん、どういうわけか、つまみを存分に味わう豆知識、日本酒をおいしく飲むための知恵に、えらく長けていました。
リンちゃんが現われた夜から、主人公の居酒屋ライフが一変します。店の大将も、常連たちも、目からウロコが落ちっぱなし。
そのリンちゃんのもたらすトリビアが、第1話から第15話に分けられて、主人公のほろ苦い恋心をスパイスにしつつ、この本に詰められています。
アマゾンでのレビューを見ますと、今後のうんちく用に役立つといった声が多いように感じました。しかし、今夜からすぐに実践できるシンプルなコツばかりで、うんちくに留め置くのはもったいないと思います。
それに、ここに実例として取り上げられたコツは、おいしさの科学への入り口にすぎません。それぞれの解説を読み進めば、おいしさ全般に通ずる法則があれこれと盛り込まれています。酒が飲めない私でも、居酒屋に通いたくなりました。第14話おいしさには「せつなさ」が必要は、「もう少し食べたい」というおいしさを解き明かしていて、幸福とは何かまでを論じているようでもありました。
さて、この頃、このブログに、高校の同級生ネタが増えてます。
実は、この本の伏木亨教授も同級生です。
伏木教授とは、幼稚園のときから小中高ずっと一緒で、高校では同じ新聞部でした。新聞部当時から、文章力に秀でた男で、難しい中味を噛み砕いて書くことを何よりもの喜びにしていました。部長になった彼は、新聞部の悪しき伝統である頭デッカチ体質を一気に変えてしまいました。
そんな彼ですから、「コクと旨味の秘密」(新潮新書)、「人間は脳で食べている」(ちくま新書)、「おいしさの秘密!」(メディアファクトリー)などの著作においても、実にフレンドリーな文体でおいしさの科学を説いてきました。理系の頭・文系の心は彼の持ち味、サービス精神にあふれた学者です。
同級生のひとりが、「何十年ぶりに出会っても、そいつのタッチはなんにも変っていない。人格の基本は、高校3年生までに出来上がってしまうのかなあ」と言っていました。わかりやすい話を大切にし続ける伏木マインドも、そういうことかもしれません。
伏木教授は農学部ですが、やってることは農学部の一般的イメージと異なります。おいしさを感じるのは舌ではなくて頭だという研究を進めてきました。いわば脳科学者で、農学部の農を脳に変えてもいいくらいだと私は思っています。
和食の聖地である京都に研究の本拠地を置くこともあり、有名な料理人たちとの交流も深く、とくに、ダシの文化の見直しを訴求してきました。今回の本のように、おいしさの科学を日常の暮らしに生かす目的で語れるのも、食生活の現場を受け持つプロたちと幅広く接しながら、ものをおいしくするコツをあれこれ学んできたからでしょう。
「めちゃおもしろい本やなあ」と本人に告げたかったのですが、残念ながら、電話がつながりませんでした。奥さんに言っておきました。
学者である前に、食うのが好きで、飲むのが好きで、人に出会うのが好きで。
彼のいいところ、すなわち、人のいいおっさんの顔が、浮かんでくる一冊でした。
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