2014-04-06

Mおばちゃんのウイッグ 変身の陰によっちゃん

新しいフォルダー (7)3

 気がつけばMおばちゃんの頭がウイッグになっていました。値段は15万円だったそうです。
 おばちゃんは今年85歳です。つむじの薄さが我慢し切れなかったと言いますが、あれくらいは年齢相応で人並みでした。
 ヘアースタイルと呼ぶにふさわしい髪型でいたかったという動機も加わりまして、ウイッグに踏み切りました。


 

ウインナー紅茶とおばちゃんのウイッグ

 Mおばちゃんのウイッグは、薄毛を隠すというよりも、ヘアスタイルを着替えて一発変身を楽しむおしゃれアイテムです。ついでに薄毛も隠れます。

 たとえば、レディース・アートネイチャーを例にとりますと、「もっと若々しく華やかに」ということで、薄毛対策用にオーダーメードウイッグがあります。オーダーですからお安くありません。
 いっぽう、「私らしく輝くために」ということで、おしゃれに目的を絞ったジュリア・オージュが用意されています。こちらは、だいぶ安くなるけれど、オーダーできません。既製品から選びます。

 じゃ、もし、おしゃれ用のジュリア・オージュを自分の頭に合わせて作れるのならどんなにいいか。フル・オーダーまでいくと大げさすぎるから、イージー・オーダーくらいが手頃なんだけど・・・。値段も高すぎるのはダメ。

 といったニーズを満たすのが、おばちゃんのウイッグです。

 ウイッグのおばちゃんを、コメダ珈琲とレストラン潮に連れて行きました。どちらの店でも絵になっていました。

 コメダ珈琲では、うちの母親(おばちゃんの姉)が、ウインナーのコーヒーを紅茶に代えてくれと言い出しました。

 困り果てたスタッフが店長に相談してくれました。その結果、ウインナー紅茶というのはメニューにないから、コーヒーを紅茶に代えることはできない。けれども、普通の紅茶はあるから、そこに50円増しで生クリームをのせますということになりました。

 これもウイッグみたいなもんです。

 ウインナー紅茶は無理でも、普通の紅茶に生クリームをのせることはできるーーーウイッグは、こういう形で、インポッシブルをポッシブルに変えてくれます。あなたはただわがままでいればいい。おばちゃんのウイッグも然りです。

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あなたはただわがままでいればいい(コメダとヨメはたいへんやけど)

 つい先日、おばちゃんは、同年の仲間十数人の食事会にも、ウイッグで臨みました。誰ひとりとして気づかなかったそうです。仲間たちは「わざわざ美容院に行ってきはったんやなあ」くらいのことだったのでしょう。
 まあ、それくらい自然なんですね。なによりも髪にニュアンスがあります。だから、いかにもといったところがありません。同年の仲間たちが気づかなかったのも当たり前です。
 いや、本当のところは分かりませんよ。会が解散してから「あんた、Mちゃんのあれ、見た?おかしいと思わへんた?」と話題になってるかもしれませんよ。


カッコよければみんなの噂になってもかまわない

 他人の目が気になるからつけるのに、つけたらつけたでまた他人の目が気になる。カツラは自問自答の堂々巡りですね。その逡巡を打ち破るだけの魅力に欠けるカツラは、自問自答の材料だけで終わります。

 とくに、おばちゃんが85年間生きてきた滋賀県甲賀市水口町は(私の生まれ故郷ですが)、面積がいくら広くても人間関係は狭い町で、「あの人カツラやで」の噂は即座に拡散します。
 「あの人カツラやで」をどうせ隠せないのなら、いっそのこと他人もうらやむカッコよさのほうがいいですよね。噂にされるわ、カッコわるいわではさっぱりワヤです。

 その点、おばちゃんのカツラは、いやウイッグは、100人中43人くらいまでは欲しくなると言っていいと思います。東京のあるメーカーにオーダーするのですが、そこのパンフレットは、自分の地毛では維持できそうもない素敵なヘアースタイルを、これでもか、これでもかと見せつけてきます。
 その会社がパンフの内容を転載しないでくれということでまことに残念。おばちゃんの写真だけでは誰も買う気にならないと思うんですよねえ。

 パンフレットをめくっていますと、私の髪はいつもよそ行きといえばいいのか、いながらにして美容院といえばいいのか、男の目にも重宝さが伝わってきます。デパ地下の高級お総菜で食卓を飾った日みたいな華やかさが常にそこにある。

 自分で何もしないで効果だけを得るのは嫌いだという人もいるでしょうが、おばちゃんのようなケースを考えたら、つむじの薄さを隠すと同時にヘアスタイルの完成なんですから、これは一挙両得の便利さです。

 このような話から、おばちゃんのウイッグは頭からすっぽりかぶるタイプ、つまり全頭型だと分かってもらえるでしょう。そうなると、夏場にムレないのか気になるところですが、向こう側が透けるくらいに薄いメッシュだから大丈夫とおばちゃんは言ってました。「顔にかぶったとき向こうがよう見えてん」とのことです。なんで顔にかぶったんでしょ。

変身の陰によっちゃんの存在
 このウイッグ受注会社の社長さんは60歳を過ぎた男性で、増毛・植毛業界の大手に勤めていました。その大手企業で美容専門家として社内上層部にもスタイリングの技術指導をしていた経歴の持ち主です。しかし、在籍中から、ハゲ隠し指向の強い商品構成には飽き足らず、もっとファッショナブルな方向性で力を発揮したとの夢を描いていました。その思いを叶えるために独立、自らの会社を起ち上げました。

 そこの会社のオーダー会が、3ヶ月に1度、モードサロン・ヤマダで開催されます。その店のオーナーがよっちゃんといって、Mおばちゃんとは長いつきあい。身内同然の間柄です。

 おばちゃんにウイッグを奨めたのは当然のことながらよっちゃんです。彼女の立場でおばちゃんにわるいものを買わせるわけにはいきません。15万円もするのですから余計にそうです。
 おばちゃんはおばちゃんで、相手がよっちゃんだから、きれいになりたいという意欲を照れることなく表に出せました。


人物相関図

20140330-IMG_9545滋賀県甲賀市水口町モードサロン・ヤマダのディスプレイ。周りには神社と寺と古い造り酒屋とタバコ屋。夜に出かけたら、店でない場所はただ真っ暗な場所だった。


 よっちゃんからいいものを奨めてもらってよかったねと、私は本当に思います。齢をとったら、やりたいことは何でも前倒しでやるべきです。アクティブばあちゃんのアクティブかつら。薄毛対策がオシャレを兼ねる時代まで長生きした特権です。髪型から服を決める楽しみも加わりました。

 ちょっと別角度からも見ていただきましょう。
 前向きは顔がありますから年齢まではごまかしきれませんが、顔のない後ろ向きは年齢不詳の髪の艶です。
 しかし、おばちゃん、その艶々した髪で老人車はあかんと思いますわ。でも、老人車まで軽々として見える。気のせいでしょうか。


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よっちゃんの店はセレクトショップ


20140330-IMG_9567セレクト・ショップといえば必要最低限の商品でわざと希少価値っぽさを煽るイメージが強いが、よっちゃんは仕入れをケチらない。支払い大変だァと、よっちゃん。


 ウイッグの仕掛け人、よっちゃん。いま、モードサロン・ヤマダでウイッグをオーダーするのが、この田舎町の静かなブームです。おばちゃんがオーダーした日にも、すでに5人か6人の先客がいたといいます。

 おばちゃんはたまたまよっちゃんの身近な客でしたが、そもそも彼女の商い自体が、相手を問わず気さくに接するスタイルだということを私は知っています。買う買わないはお任せしますけど、とにかく能書きだけでも聞いて帰って。そういう熱さと軽さが彼女の身上です。

 水口に平和堂や西友などの大型店が進出してからすでに40年ほどになります。甲賀市の中心地として便利にはなったけれど、その陰で多数の個人商店が商機を奪われました。多種多様な個人商店が個性を競い合うおもしろさはとっくに姿を消しました。大量仕入れ・大量販売で画一的な商品を売りさばく大規模店舗だけが幅をきかせています。

 そんな実用性一点張りの味気なさに支配されたこの町の商いに抵抗を試みるが如く、よっちゃんはセレクトショップをやっています。コンクリート護岸された用水に流れ込むひと筋の湧水といった存在です。

 よっちゃんの仕入れの先見性はアパレル業界内でも一目置かれるほどで、まだ話題にも登っていないブランドや都会の店でも置かないようなレア物を大胆に仕入れてきます。業界玄人筋からは、日本の一般的なファッション雑誌のだいたい3年先をいく店だと評価されています。

 滋賀県甲賀市水口町の女性客がそんな新しすぎる感覚についていけるのか。売れるのか。
 という心配は第三者の勝手な老婆心にすぎず、よっちゃん本人が不安になるとしても何ヶ月に一回くらいのもんでしょう。Mおばちゃんをウイッグに踏み切らせた親身さですべての客に接し、誰の中にも眠る若い感性とオシャレ願望を惹き出す。よっちゃんはこれができる人だからです。



能書きの魔術師。テクマクマヤコンで客は変身

 よっちゃんがえらいなと思うのは、先代の山田洋品店時代から続く固定客を捨てなかった点です。新しい感覚の商品だから新しい客層というのではなくて、新しい感性で古い客に着飾ってもらおうと努力を続けてきました。

 その努力のひとつが、モノのよさを大切にする商いだと思います。地方すぎるほど地方の水口でも、モノのよさが持つ値打ちは都会となんら変わりません。よっちゃんの商品説明を聞いていると、トレンドだから奨めるのではなくて、いいモノだから奨めたいんだという気持ちが言葉の端々に感じられます。

 客のほうも、選りすぐられたモノでオシャレできる満足感といいますか、恍惚感といいますか、そういうのが欲しいはずなんですね。

 「よっちゃんがうまいこと言わはるし買わされた」と客たちは言います。
 たしかによっちゃんは能書きの魔術師。テクマクマヤコン。

 でも、能書きに惑わされたというのは言い訳だと私は思っています。ちょっと違う自分になれたという心理が働く分だけ、べつにオシャレにうつつを抜かしているわけではないと言い訳もしたくなるのでしょう。だから、「買わされた」なんて言ってしまう。
 同時に、女心は、そう言い訳しながらも、「これ、ヤマダですねん」と言いたがる。オシャレに気を配っている自分も表現したがる。
 
 よっちゃんの店で買うとは、そういうことなんだと思います。

 こうして書いていると、よっちゃんがすごい奴に思えてきました。おかしいなあ。むしろ水口丸出しで、そういう感じではないんですけどね。「当店は」なんて気取った人じゃない。「うちとこは」と言います。

 トレンドの新しい酒を水口の古い皮袋に注いだら、Mおばちゃんがあんなにきれいに変身した。
 よっちゃんのこの商いは”Think Globally, Act Locally”。よっちゃん商法が水口を元気にすると私は思っています。


20140330-IMG_9563お、いいなと思ったのがGabsのバッグ。クオリティーやデザインの割に値段が手頃で幅広い層に人気らしい。



マシンガントークの返り討ち

 さて、よっちゃんを突撃取材のつもりが、マシンガントークの返り討ちに遭ってしまいました。なにせ能書きの魔術師、テクマクマヤコンですから。あのマシンガントークをまとめ上げるのは連載10回でも無理です。

 私なりにこのウイッグの利点を要約しますと、いつ見てもステキな自分でいるための美アイテムです。美容院に行った日のあの満足感が毎日続く。女である限りは85歳老女のMおばちゃんでも幸せ。こういうことなんでしょうね。 
 
 で、マシンガントークのなかから、覚えていることだけでも箇条書きにします。
 なお、ウイッグを受注制作している会社は、その会社の希望に従ってX社としておきます。知られすぎると手作り生産が間に合わないことに加えて、社長がインターネット嫌いだそうです。



よっちゃん、マシンガントークでウイッグを語る



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★ウイッグにはこの発泡スチロール製の頭がついてくる。これにかぶせて保管しておけば型崩れしない。

★この写真でも分かるように全頭型ウイッグで、ヘアーピースと呼ばれる部分型ではない。メッシュ地に植毛されているため、通風性が充分に確保されている。

★髪の毛には人毛と形状記憶化学繊維が用いられている。形状記憶ということは手入れが楽だということで、たとえば、手洗いしたときも、タオルで水気を取り除いてから軽く振るだけで元のスタイルに戻ってくれる。

★よっちゃんの場合、旅行にも持っていくことがある。折り畳んでバッグに入れておいてもすぐ元に戻るから重宝。よっちゃんがもし芸能人ならば、お泊りデートがバレないための変装アイテム。

★オーダー会では、何種類かのサンプルをたたき台にして話を進める。X社はお客さんの要望にとことん耳を傾ける。(実際の受注用紙を見せてもらったら、デッサンの周りにアルファベットや数字が細かく書き込まれていました)

★完成したウイッグは3ヵ月後、次回オーダー会時に届けられる。

★15万円という値段は、アデランスやアートネイチャーで作ることを思えばはるかに安い。アデランスなら六分ウイッグでも30万円はすると聞く。加えて、大手メーカーの場合は、ちょっとしたメンテナンスも有料制。

★いつもヘアースタイルをきれいに保っていたいと望めば望むだけ美容院代がかさむ。月に1度美容院に通う人なら1年間で15万円は使ってしまうだろう。

★日本人には後ろ側がペタンとした頭が多くて、ヘアースタイルによっては頭頂部から後ろへ流れる毛のふっくらした感じが不足しがち。こういうときはウイッグのほうがいいバランスを実現できる。

★モーターボートの猛スピードにもズレない。琵琶湖花火大会の日、このウイッグをつけてモーターボートに乗った。観覧ポイントへ急ぐボートで15分間、すごい風を受け続けた。ウイッグの留め金は前頭部のたった一箇所だが、まったくズレることがなかった。


20140330-img_9566よっちゃんとお母さんのウイッグ写真。お母さんは24時間365日でウイッグを着用している。地毛をウイッグ着脱専用スタイルにしてしまったほどの愛用者。よっちゃんのこのボブヘアーがモーターボートの風でも飛ばされなかったウイッグ。


★シャンプーとリンスを使って自分で簡単に手洗いができる。それでもやっぱり自分ではチョット無理とおっしゃるお客さんにはモードサロン・ヤマダが手洗いを引き受けている。(無料だし、これなら高齢者も安心だ)

★ショップ・スタッフのナオちゃんが、正しい手洗いをはじめメンテナンスのノウハウをX社から直に学んでいる。ナオちゃんの髪はよくウイッグと間違えられるが、実は地毛。

★メッシュを入れる、髪の量を増やす、短い髪や長い髪を少し混ぜるなどのマイナーチェンジはいつでもok。X社が小さな手直しで料金請求しているのを見たことがない。

★耐用年数は、使用頻度にもよるが、平均して3年程度。衣服と擦れ合う襟足にピリング(毛玉現象)が生じやすいので、毛先カットのメンテナンスを無料で行っている。

★服を着替えるようにヘアースタイルも着替えればオシャレがもっと楽しくなる。よっちゃん自身も7個を愛用していて、その日の服に合わせた変身が楽しめる。(カツラ戦隊ウイッグジャーか!)

★X社のウイッグをオーダーできる店は全国的にもさほど多くはなくて、滋賀県内ではモードサロン・ヤマダだけ。活動先を拡大すれば手作りが間に合わないので、いまのところは、いいねと共感してくれるお客さんが集まりそうな店だけを対象にしている。

★染めたり巻いたりは髪へのダメージにつながりやすい。ウイッグを使い始めてから毛が増えてきたお客さんもいる。ヘアスタイリングに伴うダメージが減ったからだと思う。

★年齢は髪と肌に出る。それを生きてきた勲章として誇らしげに思うと同時に、ウイッグで若返る楽しみにも目を向けて欲しい。


 

お龍も納得。ウイッグの価値

 うちの妻お龍もよっちゃんのマシンガントークを一緒に聞いていました。15万円という金額設定が絶妙だとの感想です。買ってみようかという気持ちになれると言っていました。
 好きな髪型と自分の髪質や生え方が合わない。試してみたい髪型に美容師さんが同意してくれない。そんなこともあるそうで、その制約から解放されるのなら15万円もアリかなと思えるそうです。
 「それにセットって、自分では上手にできないものなのよ。とくに後ろのほうね。まずできないんだから。ウイッグだとそのイライラがないのかしらね」とも言っていました。

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接客中のよっちゃん。といっても客はうちの妻お龍。なかなか買わない。なにせ金がない。


 よっちゃん、ありがとうございました。
 よっちゃんだけではなくて、なおちゃんからもいろいろ教えてもらいました。二人ともありがとう。

 では最後に、モードサロン・ヤマダの連絡先を書いておきます。

モードサロン・ヤマダ(定休日:水曜)
〒528-0015 滋賀県甲賀市水口町松栄3-28
phone:0748-63-7954

20140330-img_9599la babeの靴。なかに「日本中でこのタイプのこのグレーはうちとこだけです」というのもあった。

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