2014-06-13

ただ一つ二つなどほのかにうち光りて行くもをかし

大門町ホタル

 清少納言は「枕草子」にこう書きました

闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし

 写真にしてみると、清少納言の言わんとするところがよく分かります。蛍がいっぱい写らなかったときにも、一つ二つで蛍らしさはちゃんと伝わってきます。


 写真を撮る人はだいたいがめちゃ真剣です。集中の世界に入り込んでますから、なんかこう一途な雰囲気を漂わせながら、黙々と被写体に向き合っています。その結果、近寄るのがはばかられます。

 でも、私の目的はブログですから、他人さんと話をしないことにはネタが入ってきません。商売で言えば雑貨店。古本屋のような偏屈さは無用の長物です。「こんばんわ」と、出会うみなさんに声をかけております。

 若いカップルが立ち止まってくれました。「えーっ、ホタル、写るんですか?」と女性のほうが意外そうに尋ねてきます。iphoneではどうやっても写ってくれないとのこと。真っ暗だそうです。

 そういえば、この前出会った立命大学の学生さんは、iphoneでめちゃ連写してました。「これだけ写したらどれかいけてるはずですけどねえ」と言いながら指を横に動かして結果を確認していました。

 どうや?
 全部あきませんわ。

 という話を、そのカップルに伝えました。「やっぱりiphoneではあかんのですか」と二人揃ってあきらめ顔です。「いっそのこと動画にしてみたらどうや?」と提案しました。彼女はiphoneを顔の前に構え10秒ほど試してみました。

 どうや?
 おっちゃん、やっぱりあかんわあ。やっぱり真っ暗や。
 そうかあ。あかんかったか。なんかそれ用のアプリがあると思うけどな。

 いま検索しましたら、スルガ銀行|iPhone4でホタルの写真は撮れるのか?(湯河原/万葉公園) - ニューミドルマンを目指してというサイトが、Magic Shutterというアプリ(350円)でホタルを写す方法を紹介していました。それでも三脚か何かでiphoneを固定しておく必要があるそうです。

 でも、iphoneで撮りたいというのは、三脚まで用意してとか、そういうことじゃないんですよね。iphoneだからこそ保存しておきたいのは、清少納言じゃないけど、「をかし」の体験です。

 「本格的に写したらどんなんが撮れるんですか?」とそのカップルから聞かれたとき、液晶モニターに出ていたのが下の写真でした。「こわいけど、おもしろいわ」と、けなしてもらってほめてもらいました。


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 ホタリストと呼びたくなるくらいに詳しい人もいます。
 ざっと見回しただけでホタルの数が読めるそうです。

 まあ、これで今年は200ちゅうとこやろ。去年はこの倍やった。400はおったな。今年はちょっと出るのが遅かったしな。

 そのホタリストが200匹と見積もるその場所では、暗がりのあちこちから「ぎょうさんやなあ」とか「いっぱいおってきれいやなあ」とか感嘆の声が聞こえてきます。他の場所ではそこまで感嘆の声を聞きませんから、200匹くらいになってはじめてインパクトにつながることが分かります。

 あれ、こんなとこで光っとるわ。アホやなあ。踏まれて死ぬぞ。

 ホタリストは、アスファルトの上で光っているホタルをつまもうとしています。草の上に帰してやろうというのです。

 これが難しいんやて。つまむのが。やってみ。

 そう言われて私もやってみましたが、ホタルの背中は想像以上にスベスベしています。指先がまったく引っかかりません。力を入れてもつまめません。力を入れなくてもつまめません。無理したら殺してしまいそうでした。あとはホタリストに任せました。

 ホタリストと出会った現場が下の写真です。残念ながら200匹のボリューム感を写真にできませんでした。
 ホタルをたくさん写したければ露出を長くしなくてはなりません。露出が伸びれば構図の中をより多くのホタルが飛んでくれるのですが、15秒以上にすると景色がくっきりと明るくなってしまいました。
 明るいかわりにホタルも多い写真をここに出さないのは、ホタル売買業者による乱獲を防ぐ必要があるからです。たくさんいる場所の明るい写真は「この景色を探せ」と伝えているも同然です。

 
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 私の夜のウォーキングコースにもホタルがいます。見え隠れするというべき密度です。
 それでも、ここ1~2年は増えたという噂が聞こえてきます。去年も見に来たという人は、今年のほうが多いと言ってました。公民館ではホタルを見に行く会が開かれるとも聞きました。生息密度はまばらですがホタルの姿を確認できる距離が長く、川沿いに伸びる遊歩道1kmほど、ずっとホタルが明滅しています。

 橋の上で写真を撮っていたら老夫婦が歩いてきました。

 いた、いた。よかった、よかった。どうしようかと迷うてたけど、遅うに来てみてよかったやんか。なあ、わりとおるやんか。

 奥さんが旦那さんにそう話しかけています。「遅うに」と言うけれど、まだ9時です。私は、そこからさらに4時間後、W杯のメキシコ×カメルーン戦を見るつもりです。それを見終えたらスペイン×オランダです。こんなことしていて、15日の日本の第一戦まで身体が持つのか?

 こんばんわ、と私。
 お宅もホタルですか。よろしおすなあ、やっぱりホタルはよろしおすなあ、と奥さん。

 老夫婦と話しているうちに、ウォーキングを終えて琵琶湖の方角から帰ってくる女性二人組や、これから琵琶湖の方角へ歩いて行く夫婦連れも加わり、橋の上はちょっとしたホタル鑑賞会場に変わりました。

 月を隠していた雲が切れて、比叡山の山影がくっきり見えるようになりました。月光はきれいですが、もうじき満月の月ですから、ホタルたちには明るすぎます。それでなくても、近くのフットサル場のナイター照明4基が川筋を覆い、遊歩道沿いの草むらが白く明るく照らされています。明るいとホタルの飛翔数がガクンと落ちます。
 
 ぜんぜん飛ばへん。
 お月さんはしゃあない。あのサッカーの照明や。けたたましすぎるわい。
 あれ、何時に消えるんやろ。9時半くらいですか?
 いや、そんなもんやないですよ。10時過ぎてもまだまだ。
 ほんまに毎晩、毎晩。手術できるくらい明るいわ。
 歩くのにはええけどよ、明るいほうが。

 橋の上でそんな会話が交わされ、琵琶湖の方角から戻ってきた二人組も、これから歩いていく夫婦連れも、やがて去りました。

 そしたら、私らもお先に。

 老夫婦も遊歩道を歩き始めました。「ほんまに見られてよかった。おるだけ値打ちや」と奥さんが旦那さんに語りかけるのが聞こえました。

 おるだけ値打ちやーーーたしかにそうです。まあ、恵まれないホタルたちです。よくぞいてくれた。
 清少納言は、「ただ一つ二つなどほのかにうち光りて行くもをかし」と書きました。「をかし」はどっちかというとドライな感慨ですから、ここのホタルの一つ二つには「あはれ」のウェットな肌触りがお似合いです。
 景色ばかり明るく写った結果を液晶モニターで見ながら、なんでホタルの光が青信号の色になるねん?と首をかしげていました。


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