2012-02-06

おばあちゃんを竜宮城へ⑨ 認知症外来と真っ向勝負

DSC04331
 やってまいりましたのは、水口病院の認知症専門外来。この3人のうち診察を受けるのは、もちろん、おばあちゃんです。


 認知症間違いなしと確信しておばあちゃんを連れてきた私たち。ゼッタイに認知症ではないと自信たっぷりのおばあちゃん。今日のおばあちゃんは、認知症専門外来へ真っ向勝負を挑みます。



 ご家族2人がついてきてくださいと、予約のときに告げられました。ひとりの家族は、精神保健福祉士と面接します。質問に答えながら患者の暮らしぶりや生い立ちを伝えます。もうひとりの家族は患者の付き添い役です。
 病院の外来スタッフも3人です。医師、臨床心理士、精神保健福祉士の3人がそれぞれの役割を果たします。


DSC04330


 まずは、患者側、病院側、6人全員がひとつの部屋に入りました。先生の質問におばあちゃんが答えていきます。といっても、いきなり症状などを聞き出すわけではなくて、おばあちゃんが自己紹介を済ませるような問診内容になっています。


 それが終わりますと、神経の診察です。先生がおばあちゃんの腕や首を動かします。筋肉の緊張異常や反射異常を調べるためです。今度は先生がいろいろな動作をして、それをおばあちゃんが真似します。思ったとおりに身体を動かせるかどうかを見るためです。


 この第1ステップが済んだ後は、ふたてに分かれました。


 おばあちゃんは、私の妻お龍に付き添われて、知能テストを受けに行きました。テストは臨床心理士さんが受け持ちます。
 おばあちゃんによりますと、紙も折らされたし、絵も字も書かされたし、計算問題もやらされたし、長いことかかっていろいろやらされたとのことでした。いろいろやらされる前に、「時計、鉛筆、消しゴム」と、みっつの言葉を覚えさせられたそうです。そして、なんやかんやと頭を使わされた後で、「さっき覚えたみっつの言葉は何でしたか?」と尋ねられたそうです。


 おばあちゃんが知能テストを受けている間に、私と姉は、精神保健福祉士さんの面接を受けました。ありのままのおばあちゃん像を伝えるための面接です。あらかじめ定められた質問項目に沿って私たちが答えていくうちに、認知症の診断に必要な事実が明らかになっていく仕組みです。


 そもそも私たちが心配し始めたのは、おばあちゃんがおじいちゃんの女性関係を疑い始めたからでした。90歳どうしの夫婦です。あるまじき猜疑心ではないですか。おばあちゃんによって語られるストーリーの数々はいずれも信じがたいものでした。しかし、本人は「うそやないで」と言い張ります。
 ついにアルツハイマーか、くるものがきたかと、私たちは考え始めました。


 おばあちゃんの話によれば、おじいちゃんと50年前に浮気関係にあった女性が入院お見舞いにやってきて、それをきっかけに二人の関係が再燃し始めたそうです。それだけではありません。佐々木勝子という新しい女性まで登場してきました。「勝子と書くけどカツコやないで、マサコやで」と妙にリアルでした。しかし、実はおばあちゃんの頭の中だけに存在する架空の女性でした。


 私たちと精神保健福祉士さんの話は1時間ちょっとに及びました。その間に、おばあちゃんはMRI検査も受けました。脳が小さくなっていないかを調べてもらいます。


 MRIでは身につけた金属類をすべて取り外す必要があります。入れ歯も、ヘアピンも、言われるがままになにもかも取り外しました。それでもなおかつ、金属探知機が鳴り続けます。「クリーニングの紙やってん」とおばあちゃん。探知機が鳴り止まないあたりの服を裏返したら、洗濯屋さんのホッチキスがついたままでした。



 さて、結果発表です。


 なんと、おばあちゃんの勝ち。認知症ではありませんでした。大丈夫ですと、先生からありがたい診断結果を得ました。


 おばあちゃんが「知能テスト」と言っていたのは、ふたつのジャンルに分かれていまして、ひとつは記憶力の評価、もうひとつは見当識(時間や場所の感覚)の評価でした。それぞれ30点満点のテストでしたが、おばあちゃんの点数は29点と28点。平均点数は21点くらいですと、先生から説明がありました。


 先生は、おばあちゃんのMRI画像も見せてくれました。実年齢が90歳でも、脳はそれより10歳から15歳若い。記憶を受け持つ海馬もまだまだ大丈夫。アルツハイマー患者では海馬がやせ細ります。紀伊半島が能登半島になったくらいの変化があるそうです。ところが、おばあちゃんの海馬はいまだに紀伊半島。先生から、これまたありがたいお墨付きを頂戴しました。


 おばあちゃんはニコニコです。きちんと揃えた膝の上に両手を重ね合わせた姿勢で少し首をかしげ、「老いては子に従えといいますけど、子に従って診察を受けてよかったです。これで私も安心です」と、えらく上品なおばあさんを演じています。


 それでは、あの色ボケともいえる猜疑心は何だったのでしょうか。おじいちゃんを責めるために放送禁止用語をバンバン口走っていたではないですか。あのおばあちゃんがあるかぎり、認知症ではないという今日の結果を素直に受け入れることができません。


 先生は言いました。デパスの副作用だと考えられます。


 デパスというのは、不安を抑えて気持ちを楽にしてくれる薬です。ところが、おばあちゃんの場合は薬で脳が解放されすぎてしまったのだろうと先生は言います。その結果、ものごとの真偽に対する判断をきちんとコントロールできなくなったし、頭のたがが外れて羞恥心も麻痺してしまった。


 おばあちゃんがデパスを必要としたそもそもの原因は不明ですが、ここ10年間くらい服用し続けています。デパス依存症でした。おじいちゃんが入院してからはおばあちゃんは不眠症状が強くなりました。自分からかかりつけの先生に頼んでデパスの投与量を増やしてもらっていました。
 加齢とともに薬物代謝能力が衰えてくる→おばあちゃんの身体に対してデパスが過量投与状態だった→副作用のリスクが高まったまま推移していた。副作用が現れた背景因子を、先生はそう分析しました。



 かしこかったのは私で、アホはあんたらやったなあ。
 おばあちゃんは勝ち誇っていました。いや、もう今日はどれだけでも勝ち誇ってくれ。どんだけでも威張ってくれ。


 祝勝会ということで、おばあちゃんが「ここやねん」のお好み焼きをおごってくれました。「ここやねん」は水口町の人気店です。


 やっぱりおいしいな、「こんなもん」のお好み焼きは。
 おばあちゃん、「こんなもん」やないって、「ここやねん」や(さっきの診断結果、ほんまやろな)。



 水口病院の外来診療棟は、まるでホテルのようにリッチでした。受付には美人でスタイルのいい女性が配置され、接遇もまるでホテルのフロントのようでした。精神科疾患専門病院のマイナスイメージを払拭すべく、明るく開放的な雰囲気がよく演出されています。広々としたフロアーに少ない椅子の数。待ち時間が長くても充分にリラックスできます。
 ここの認知症専門外来は1回の受診だけで診断結果まで出してもらえます。何回かに分けて通院することもなく便利です。


DSC04335
DSC04326


 知能テストのなかに、いま思っていることを短い文章にしてくださいという設問があったそうです。おばあちゃんは、「美しい病院で感動しました」と書きました。「へえ、どうしてこれを書いたんですか?」と尋ねられて、「私が知ってる昔の水口病院はえらい汚なかったから」と答えたそうです。またいらんこと言うて。


 でも、おばあちゃんの言うのは事実で、大正時代に始まる歴史の古い精神病院だけに、あの頃の水口病院は決してきれいな病院ではありませんでした。いまの青木建亮院長の時代になって、リッチでフレンドリーな病院へと、大きく変貌を遂げました。高齢者特有の精神疾患や介護のほうにも守備範囲が広がりました。


 おばあちゃんは小学校の教師を長くやっていました。青木健亮院長は数多い教え子のなかのひとりです。自分が教えた子の病院で認知症の知能テストを受けて満点に近い点数。まさにはなまる気分だったことでしょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿