2012-02-04

おばあちゃんを竜宮城へ⑧ It’s too late

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 何かを思いながらおじいちゃんを見るおばあちゃん。決して満足の表情ではない。「おじいさん、あんた、なんや、それよ」と、何かを言いたがっています。

 久しぶりに見たおじいちゃんは、おばあちゃんが描いていた以上のオイボレでした。
 Cアミーユに入居してからというもの、おばあちゃんは日増しに絶好調。身も心も若返りました。それだけに、連れ合いの老け方がより増幅されて見えたのでしょう。
 おじいちゃんと久しぶりに出会うからと、おばあちゃんは美容院にも行きました。おじいちゃんは柿が大好きだからと、1個198円もする富有柿を6個も買おうとしました。買いすぎや。私が3個を棚に戻しました。
 そんなおばあちゃんのワクワク感は空振りでした。私が待っていたのはこんな人ではなかったはず・・・
 おばあちゃんは、私と姉にこっそり言いました。「おじいさん、だいぶきてはるなあ。思うた以上やなあ」。
 それだけではありません。「長い間わるかったなあ」に類する言葉さえもおじいちゃんは口にしなかったのです。
 結局、おばあちゃんの元に戻ってきたおじいちゃんは、すべての気力を歩行と排便に費やすだけの高齢者になり下がっていました。動きが不自由になるとそれだけで自分がイッパイ、イッパイ。他人を気遣う余裕は残されていません。

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 食事どきです。おじいちゃんは、ここの食事がまずいと言ったそうです。甲賀病院のほうがおいしいと。
 久しぶりに食卓を共にしたというのに、おばあちゃんと食べる食事がおじいちゃんにはまずかった。それがおばあちゃんには許せなかったのでしょう。姉に電話してきたおばあちゃんは、開口いちばん、「おじいさんがゴハンまずいて言うてはるねん」と告げました。
 じゃあ、甲賀病院介護療養型病棟の食事とはどんなものだったのか。
 実際の味はともあれ、風景は老人の幼稚園でした。言いにくいことですが、ごはんがまずくなることがあってもおいしくなるはずのない光景でした。
 こんなポスターでなければ節分の2月だと伝わらないような老人ばかり、ありのままにいえば痴呆老人主体に、みんながみんなパジャマ姿。ロビーと称される場所に集まってごはんを食べていました
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 私と食べる食事よりも、あの介護病棟の食事のほうがおいしい?
 おばあちゃんが傷ついたのも当然です。妻と食べる食事よりも要介護仲間と食べる食事のほうがおいしいのなら、もはやその男は配偶者ではありえません。おばあちゃんは傷ついただけではなかったでしょう。落胆もあったはずです。
 それだけではありませんでした。おじいちゃんは、向かいの席に座っているNさんと積極的に口をきこうとしなかったそうです。Nさんはおばあちゃんの親しい相手です。食堂に入るや否や、手を挙げて「ハーイ」と呼びかけあったほどです。そのNさんに自分の夫を紹介し、Nさんは何かと気遣ってくれるというのに、おじいちゃんは終始不機嫌な顔つきだったそうです。

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 Carole Kingは歌いました。名曲、It’s too late。
And it's too late, baby, now it's too late
Though we really did try to make it
Something inside has died
And I can't hide and I just can't fake it

遅すぎるやろ、いまになったら遅すぎるねん
私らほんまにがんばってきたけどな
なんかしらんけど心の中で死んでしもたもんがあるわ
そんなん隠しとくこともでけへんし、ごまかすこともでけへんやんか

 Cアミーユ入居以来、おばあちゃんは現役度を増しています。
 仲良しのOさんから、「あんた、ほんまに90歳か?舞妓さんみたいや」とおだててもらって、「舞妓さんやて。そんなアホな。舞妓さんはメガネかけてはらへんやんか」と、なんか間違った否定のしかたをしています。
 別の新しい知り合いからは、「あんたは、痛みも辛さもわかってくれる。話をちゃんと聞いてくれるのはあんただけや」と重宝がられています。
 同じ2階には誰とも口をきかないことで知られたおじいさんがいるのですが、うちのおばあちゃんとだけは話すそうです。
 Cアミーユでは月に2回のカラオケレッスンがあります。それにも来週から参加すると張り切っています。
 新しい人間関係が進むなかで、おばあちゃんのいいところがどんどん惹き出されていきます。いまのおばあちゃんはほんとにいい笑顔をしていると、私の妻お龍が言っています。脊椎間狭窄症による脚の痺れも、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。
 そんなおばあちゃんの上昇気流に反して、おじいちゃんは廃用度をますます増しています。周りに日常動作を介助してもらうだけではなくて、周りから機嫌をとってもらうことまでも必要とし始めています。
 おばあちゃんの上昇とおじいちゃんの下降を数学のグラフにしたならば、ふたつの曲線の距離は離れていくいっぽうです。おじいちゃんのCアミーユ到着からたった2時間のうちに、二人の現実が明らかになってしまった。私にはそのように思えます。
 「おじいさん、扱いにくい人になってしもたわ」とおばあちゃんは言いました。
 折しも節分。鬼は外ちゅうことやろか、おばあちゃん。


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