で、おじいさんはどれくらい前に?
えーっと、うちのおじいちゃんは、もし生きてたら104歳で、あれは74歳のときやったから、30年ちゅうことになりますねえ。
そんなハマちゃんの話を聞きながら、蕎麦屋で飲む。
秋の深まりを感じる曽根崎新地です。
ハマちゃんのおじいさんがほぼ毎夜のごとく通っていたそうです。
ここで、酒を飲み、蕎麦で腹をふくらせる。
次はサンボアと、これも決まっていた。
そう、サンボアは、京都のあのサンボアを本店とする店。
瓢亭の路地を右に曲がったら、いまもまだサンボアがあります。
おじいさんのお葬式に瓢亭のご主人が来てくれました。
ご主人は、蕎麦のせいろを持ってきました。
これをお棺に入れてもろうて、おじいちゃんと一緒に。
その店に来ています。孫は、もう53歳。会社の仲間と一緒です。
ここの名物は夕霧そば。
ーーーゆずの表皮をおろして真っ白いそば粉に混ぜて打った。
店のメニューにそう書いてあります。
歌舞伎の名作「曽根崎心中」の町だけあって、蕎麦にも哀婉な命名が施されています。物語の舞台であるお初天神まで歩いて1分です。
夕霧というのは、やはり近松門左衛門作「廓文章(通称:吉田屋)」のヒロインにあやかった名前。
あの夕霧が大阪きっての人気太夫だったように、この蕎麦も大阪名物に育て。
その願いをこめて島江鉄也氏(歌舞伎・浄瑠璃評論家)が考えた名前だそうです。
しかし、まずは飲みましょう。蕎麦はいちばん後でいいですよね。
ハマちゃんがそう言います。
月初めの今日は中之島の中央公会堂で会議でした。
それを5時に終えて、お初天神近くまで歩いてきました。
こんな早い時間から飲めるというだけで酒がうまくなる。
食べるもん、どれにしましょ?どうしましょ?
おすすめのメニューを片手に、ハマちゃんが迷っています。
全部いっとこ、全部。
時間が早くて客は我々4人だけ。それぞれ2人前ずつがあっという間に出てきました。
雲丹のせ豆腐、づけ玉子、山芋海苔巻、板わさ、天麩羅、京漬物、にしん。
ビールが熱燗に変わり、給料安いという話題が小早川と浮田はズルかったという話題に変わり、今度ポリープとるねんという話題に変わり。
づけ玉子。玉子もおいしかったが、玉子の底に敷かれた柚子味噌も美味。
山芋海苔巻。山芋の上に刻み海苔をのせて出汁をかけて食べる方法はよくあるが、同じ材料の使い方を変えたやり方。山芋と海苔が密着したおいしさ。
板わさ。かまぼこのおいしさが命。魚をしっかり感じるかまぼこだった。
天麩羅。とくにおいしいと思ったのは、真ん中の赤くて丸い梅干。そして椎茸。
京漬物。ま、そういうことで。
にしん。酒の肴が前提なのか、さっぱり味になっていた。蕎麦と一緒でないのならこれくらいがちょうどいいと思った。
そして、夕霧そば。普通盛り、大盛りとはいわず、1斤とか1斤半といいます。
「熱いのですか、冷たいのですか」と店が尋ねるその意味は、蕎麦つゆのことでした。
どちらも蕎麦は冷たいままで、つゆの温度だけが違います。
つゆにはうずらの卵。薬味はわさびと大根おろしとねぎ。
1斤半。どっさり盛られた蕎麦。
ほうばれば、触れ込み通りに柚子の香りがじわっときます。
夕霧ねえ。なるほど。気品ある太夫とはこれか。回りまわって近松作の蕎麦と言えないこともありません。
この味を覚えたら、以後、舌だけは大店の若旦那です。
やがて店は混んできました。
みんながこれから飲み始める頃に、私たちはもう酔っ払い。
話題は一箇所にとどまらず、変わりっぱなし。
けれども、合間に必ずハマちゃんがおじいちゃんの思い出を話します。
私も孫にこういう店を残せればいいなと思いました。
瓢亭のホームページ
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