近江八幡はいくつもの顔を持つ町です。
行くところによって歴史の香り、学業の香り、商いの香り、基督教の香り、仏の香り、水の香り、土の香り。そうかと思えば、近江牛のすき焼きの香りまでしてきます。
そんな摩訶不思議タウン近江八幡にあってアートの香りを漂わせるのは尾賀商店です。
尾賀商店URL=http://oga-showten.com/index.html
築150年超の古い商家にアーティストが集う
尾賀商店を正面から見る。入り口はわずかドアー2枚。そこを通り抜けた途端にこれぞ大店の風格に包まれる。
尾賀商店正面玄関のベンチに置かれた古文書っぽい粘土細工。そこに、尾賀商店の簡単な歴史が書いてあります。読んでみましょう。
ここ永原通りは沢山の商家が立ち並んでおりました。
この建物は築150年以上経つ建物で
約130年ほど前に尾賀商店として始まり
戦前まで砂糖問屋を営み戦後は
履物の卸をされていました。
先々代の尾賀儀三郎氏は、モダンな人で
改築にも当時新しくて珍しいデザインを多く
取り入れたということです。
長い時間を刻んできた古い建物の持つ
落ち着いた空気の中で ジャズでも聞きながら
ゆったりとした時間をお楽しみください。
安土桃山時代から商業が栄えた近江八幡市。
日牟禮神社と八幡堀の南側には江戸時代や明治時代からの家屋や蔵が立ち並んでいます。
昔の姿そのままに町屋が立ち並ぶ一帯は、1991年に重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けました。尾賀商店もそのエリア内、永原町通りに位置しています。
重要伝統的建造物群保存地区内の多くの家屋は、子孫に受け継がれ、そして子孫によって守られ、いまもなお生活の場に活用されています。そのかたわら、住む人もなく空き家状態におかれたままの町屋も点在します。
尾賀商店も空き町屋だった時期が長く、解体される運命にありました。お金のある篤志家が尾賀商店を買い取ったおかげで幸いにも解体を逃れましたが、さて救った尾賀商店をどうするのか。そこから平成の尾賀商店ストーリーが始まりました。
「おうみはちまん町屋情報バンク」は以下のように言います。
(尾賀商店は)20年ほど前から空き家になり、築約150年の建物に取り壊しの話が持ち上りました。
それを聞いた現在のオーナーは、幼少の頃から慣れ親しんできた建物であり、その価値を維持していくためにと建物を購入し、活用方法を模索しておられました。
その呼びかけに応じたのが、市外に手作り工房を持つ人たちで、その手作り作品の直売所として尾賀商店の建物を活用していくことになり、2007年に複合ショップとしてオープンしました。
現在はオーダーメイドのハンコ・書、ギャラリー、鉄の工房、飲食の4店舗が「尾賀商店」の大店空間を活用して複合店舗を構成しています。また、イベント開催等の貸し空間が設けられています。
※こちらの物件は町家情報バンクを通じて活用された事例ではありません。
静かな町並みの静かな商い。けれどもどこか熱くてどこか鮮やか。誰の発案なのか、いい組み合わせを考え出したものだと思います。
「おうみはちまん町屋情報バンク」の文章は分かりにくいです。複合ショップなどと言うから余計にややこしい。
尾賀商店というのは、昔ながらの商店名を残しただけにすぎず、いってみれば建物の愛称。
飲み屋ビルにいくつもスナックが入っているように、尾賀商店を4人のアーティストが利用している。
そんな風に解釈してもらえば、大まかな姿をイメージしてもらえると思います。
好きこそものの上手なれ
現在の尾賀商店には以下の4店舗が入っています。
・江湖庵 <こうこあん>: デザイン書と手作り印章 斎藤江湖さん
URL=http://www.koukoan.com/
・咲楽 <さくら>: 陶器・工芸品を展示販売 長田翠さん
URL=http://www.craft-sacra.com/
・BOND YARD: 鉄のオブジェ製作 古道末吉さん
URL=http://artoner.com/artist/843/
・すいらん: コーヒー・食事・スイーツ 杉本宏樹さん
URL=http://suiran.shiga-saku.net/
ここに集うアーティストたちは「好きこそものの上手なれ」を地でいく人ばかりです。写真は尾賀商店の案内パンフからスキャンしたので美男美女度がイマイチですが、左から古道末吉さん、長田翠さん、杉本弘樹さん、斎藤江湖さんです。
4人のみなさんのホームページやブログを開いてみました。
BON YARDの古道さんは脱サラです。京都鉄工所に就職した1959年以来、大型建造物を相手に溶接の技術を磨いてきたといいます。サラリーマン最後の仕事は明石大橋だったそうです。その確かな溶接技術を鉄製オブジェに生かそうとして、2000年からアートの道を歩き始めました。
江湖庵の斎藤さんは、印章木口彫刻で第二十回全国技能グランプリ金賞を獲得しています。家業の判子店を継ぐにはあり余る実績だと思うのですが、斎藤さん本人は自らに増長が芽生えたと反省し、路上実演形式の修業を重ねたそうです。書家としても個展を開くだけの才能に恵まれる斎藤さんは、書と判子の融合美を求め続けているといえるでしょう。
すいらんの杉本さんは、見かけは調理士でも心はアーティストです。古代米の料理研究に熱意を燃やしているとブログに書いてあります。古代米向きの完成されたレシピなんてどこにもありません。試行錯誤を重ねつつオリジナルレシピを築き上げる。そんな杉本さんの活動は創作以外の何ものでもありません。
咲楽の長田さんは1998年から草津に店を持ち、そこで自作品を売っていました。2009年、尾賀商店にも店を構えました。かねてよりギャラリー経営に憧れていた長田さんは、自分以外の作品を展示販売することにしました。展示している陶器のなかで委託販売品はほんの一部、ほとんどの商品は作家から買い取ってきたものだそうです。売れなければ自分が丸ごと損をかぶることになります。選択眼に自信がなければできないことです。
天井が高い。この前を通り抜けたところにすいらんの炊事場があり、さらにその奥には咲楽の衣料・雑貨売り場がある。
ここは入場券のない資料館か?
尾賀商店の内部は、町屋というよりも大店です。土間から天井までは高く吹き抜け、ひとつひとつの部屋はホテルのスイートルーム並みに広く、現代の住宅には見られないほどの広大さです。その広い店内がかつては多量の商品と多数の使用人であふれかえっていたことでしょう。そこを4人のアーティストがシェアーしたところで、まだまだ余裕があります。
尾賀商店に足を踏み入れた途端、「えっと、ここは入場券のない資料館だったかな?」といった気分になります。どこがどう商店なのかと、10人中9人が首をかしげることでしょう。飲食目的で入ってきた人の場合は余計に「あれ?」の気分だと思います。
その「ここは何処?、私は誰?」の心理は、尾賀商店内の広さがひとつの要因でしょう。広すぎるあまり入り口の様子だけで中味を連想することが難しいのです。もうひとつの要因は、とても立派な建築構造です。あの風格に包まれれば、誰だって知らず知らずのうちにかしこまり、そこからのふるまい方に戸惑ってしまいます。
近江八幡の古い町並みが好きだ
私たち夫婦は「すいらん」のコーヒーとスイーツを注文しました。
靴を脱いですぐの座敷には骨董品の応接セットが置いてあります。妻お龍がその応接セットを即座に気に入りました。
飲食用スペースは広い店内のあちらこちらに用意されています。椅子でも座布団でも、座れるようにしてあればそこが飲食用スペースです。表通りの窓際にもありますし、二階にもあります。
座った周囲には咲楽のセレクトした陶芸品が、飾るとも売るともつかぬ置き方で展示されていました。陶器類を買い付けているのは咲楽店主の長田翠さんです。自分が気に入ったものだけを並べているといいます。
そんな長田さんの言葉から、買い付け品主体で委託販売品の少ない理由が推し量れます。もし委託販売形式をとれば、何を展示するかは作家の意向で決まります。買い取りでいくかぎり、展示品決定の主導権は常に長田さんの手中にあります。心から陶芸品が好きなんだと思いました。
飲食用スペースのすぐ隣にあった湯呑み茶碗。女性のウエストを模写したのか、くびれのある曲線が印象的だった。
さっきから長田さんとの話がやたら弾みます。ともに草津市の住人だと分かって、「ええっ、草津なんですかあ!ほんまですかあ」とのけぞり合ったからです。そればかりか、家の場所までめちゃ近所どうしだと判明し、またのけぞり合いです。
「近江八幡が大好きなんですよ」と長田さんは言います。その気持ち、私にもよく分かります。
近江八幡の古い町並みは観光用の飾りものではありません。そこがいいところです。いまもなおそこで日々の暮らしが営まれています。古い町並みが新しい生活の器として機能しています。
私は、近江八幡の町作りに「矜持」を感じてきました。矜持とは、自負やプライドをもってものごとと向かい合う姿勢です。近江八幡の人たちはこの町の何が魅力なのか、何が誇りなのかをよく自覚しているのだと思います。住民が町のよさを語れる町、ずっと住みたい理由を説明できる町ならば、それは観光客から見ても再訪したい町であるに違いありません。
近江八幡ついてはまだまだ勉強しなくてはなりません。いまのところ、近江商人が何かのキーになるのではないかという気がしています。勉強不足の目にはまだ何も見えません。果たして近江八幡マインドというべきものがあるのでしょうか。
そんなとき、もう一人の私が、近江八幡出身岡林信康さんの歌を思い出します。「チューリップのアップリケ」や「手紙」で言い表されたような世界も近江八幡の現実です。近江商人に連なる近江八幡マインドがもしあったとしても、それは金持ち目線の価値観にすぎないのではないかと危惧するのです。
夏のしつらえが風を運ぶ
陶芸品やガラス器は、もうひとつ奥側の大きな和室にも展示されています。ゆとりのある空間がすっきりディスプレイを可能にしています。コレクションにおのずと焦点が当たり、ちょうどいい点景となって目に入ってきます。
奥座敷に、大きなテーブルがあります。年代を経た立派な大型格子戸を同寸法の一枚ガラスで覆い、4本の脚をつけることによってテーブルにしてあります。どこから入手したのかと誰もが尋ねるその格子戸は、どこかの蔵の解体がもたらしたものだそうです。
そのテーブル越しに開け放たれた縁側。その向こうには町屋独特の坪庭が見えます。庭を通り過ぎてきた微風に揺れるのは東近江市の谷口隆雄さんがこしらえた麻製の暖簾です。谷口隆雄麻織物展が尾賀商店内で開催中ということもあり、意図をもって吊り下げられたものでしょう。自然光に透けながら風を受けてこその麻暖簾です。きわめてさりげないアピール法ですが、そのよさがきちんと伝わるやり方でもあります。
奥の座敷には蔵の扉をそのままの形で流用したテーブルが置いてある。格子構造を生かしてガラスの1枚板を天板代わりにしている。めちゃ欲しいが売り物にあらず。
夏のしつらえというのだろうか、目に涼をもたらす爽快感。床の間を使って咲楽セレクトの陶器が展示されている。
この心地をあの器に入れて持ち帰りたい
少しは買いたい気持ちで陶器や麻暖簾に手を触れたり、席に戻って古い商家の建築美に視線を滑らせながらコーヒーをすすったり。私たちは思うがままに時間を過ごしました。お龍は眠り込んでしまいました。若い人たちは、このような雰囲気を「ゆるい」という表現で愛でるのでしょう。
席でくつろぐとき、展示商品は古い商家の建築美と一体化しています。購買意欲が出てきたときには、商品としての魅力で私たちを動かします。買うのか、買わないのか。どちらに気持ちが転ぶかはそのとき次第です。身体も心もリラックスさせながら、時間の流れと出会いの妙に任せるだけです。
ひょっとしたら、こうしているうちに、この居心地いい空間が、その陶器に心惹かれる理由をつぶやいてくれるのかもしれません。尾賀商店に身を置いたときの心境が好きだから、その心境をいちばん気に入ったあの陶器に入れて持って帰りたいのかもしれません。私はじわじわくるものを感じていました。
slow life、slow foodばかりか、slow shoppingという言葉まで生まれてきました。意味不明確で得体の知れないコンセプトです。私も感覚的なことしか言えないのですが、尾賀商店はslow shoppingにきわめて近いところを歩んでいるように思えます。
客にとっては買わされるプレッシャー皆無の居心地で有難い。でも、店側にはもうあと20%くらい商魂があってもよさそう。
そんなことも思いました。
細々した物をかわいいと感じる女心に年の差はないらしい。土間にしゃがみこんだまま見つめ続ける姿はもう一人前の女性客だ。
誰のイラストだろうか。八幡堀のアトリエキーメンではこのイラストレーターの絵葉書を売っていたような気がする。
近江八幡の古い町並みは観光用の飾り物ではない。郵便を出す人も受け取る人も住んでいる。雨が降り出してバイクのポストマンが急いでいた。
作家の小川洋子さんが「尾賀商店の出発に寄せて」というメッセージを提供している。小川さんは、「ここには若き才能たちの創作に対する真直ぐな思いが隅々にまで満ち溢れている。人間の手で生み出されるものが、どんなに尊い力を持つか教えられる」と述べている。
この日近江八幡へ行ったのは、出来上がった夏用帽子をもらうためだった。作ってくれたのは私の隣にいる高木美奈子さん。私も妻お龍も、高木さんの人柄を含めての美奈子ファン。高木さんは毎月1回、アトリエキーメンでオーダー会を開いている。たとえば今回のオーダー会で注文した帽子は次回のオーダー会のときに出来上がっている。
高木美奈子さんのOne million catホームページ。http://blog.goo.ne.jp/onemillioncat。
注文製作した実例がたくさん掲載されている。注文したお客さん本人が撮影に協力している。サイズぴったりの心地よさ。他人にもすすめたくなる。
近江八幡の町並み案内サイト。画像クリックでサイトへジャンプ。
尾賀商店の長田です。
返信削除先日はありがとうございました。
素敵な写真と文章でご紹介くださり、感激いたしました。
いろいろな偶然がかさなりご縁を感じます。
私もあのソファ席 大好きです。
ソファに座って中庭を眺め、ゆっくりゆったりな時間を過ごすのがとても贅沢で心地いいですね。
またゆったりしにいらしてください。
近江八幡、草津談義をいたしましょう。
楽しみにお待ちしております。
ブログを書いたほうの長田です^^
返信削除まさかねえ、近所だった上に苗字まで同じとは思いませんでした。
本当にお世辞抜きで居心地のいい場所で、開店から閉店まで居続けたいくらいです。
展示品から、近江の陶芸家はなにも信楽だけではないことも学びました。
斎藤江湖さんのyoutubeを見ました。えらいカッコいい。
あれだけの技がこめられたハンコなら持ってみたくなります。
古代米ランチにも興味津々です。
「白米中毒」の著者白澤卓二医師も古代米や雑穀を大推奨していますから、一度食べたいと思っていました。
古道さんの「魔女の宅急便の竹箒」は売れたのかなあと、思っています。
近江八幡には仕事でも行きますし、こちらこそこれからもよろしくお願いします。
こんにちは!帽子の高木です。
返信削除いい感じにblogにのせてもらって嬉しいです!!私も長田さんご夫婦のファンです(*^^*)
先程電話させてもらったのですが、東京出張でしゃうか??帽子が出来たので、ご都合教えてください。
また電話します!!
高木さん
返信削除帽子、出来上がって、楽しみ!
着信見ました。あれはのぞみで眠り込んでるときでした。
キーメンに預けといていただいたらもらいに行きますよ。