2012-12-16

舞鶴女子高生殺害事件 2審で逆転無罪

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 小杉美穂さんの道です。舞鶴市、大波下と呼ばれる海岸通り。
 4年前、2008年5月7日の深夜、東舞鶴高校定時制1年生だった小杉美穂さん(15歳)はこの道を歩いていたと思われます。5月ですから、この桜並木が新緑に変わっていたはずです。
 その日の未明、ここから3kmあまり先の朝来(あせく)で、美穂さんは殺害されました。
 せめてもの手向けに、大波下の桜をもう1枚。

 無実の判決を受けたくせにこれだけ有罪視されてしまう被告人がかつていたのでしょうか。小沢一郎と中勝美くらいじゃないでしょうか。

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有力な目撃情報なし

 舞鶴の夜はとりわけ淋しい。独特の淋しさがあります。
 田舎町の夜はどこも淋しいもんですが、舞鶴の場合は生理に訴えてくる不気味さがあります。
 夜が閉じているとでもいえばいいでしょうか。暗がりのなかで誰かの恨みや悲しみがすすり泣きしているようでもあります。

 とくに、美穂さんが深夜に歩いたとされる道は、北朝鮮に拉致されるぞみたいな不気味さの連続です。15歳の少女をひとり歩きさせてはいけない道です。

 美穂さんの自宅付近だと聞いた国道27号線沿いの熱烈ラーメンあたりから殺害現場までの距離は6km弱です。その6kmの間、あの時間帯に営業しているのはガソリンスタンドだけです。そもそもが商店の建ち並ぶ道ではありません。

 事件発生当時、美穂さんが歩いたと報道されていた道を、私は何度か車で走ってみました。美穂さんの自宅近くの国道27号線に歩道を整備するための工事箇所があり、赤いランプが並んでいたことを思い出します。
 有力な目撃情報が出てこないというので、そんなアホなことがあるかと思っていました。その頃はまだブログもやってないのに、野次馬根性だけはいまと同じだけありました。

 実際に自分で深夜に走ってみて、有力な目撃情報が出てこなくても当たり前だと知りました。人通りも車の通行量も皆無に近いものでした。
 もし目撃を届け出る人がいたら、「あなたはなぜそこにいたのか?」と警察からしつこく追及されそうです。そんな時間帯に外にいるのはそれだけで不審者。それくらいに人の気配がありませんでした。

 夜に、しかも深夜に歩くなんてことは、まずやらない。やる意味がない。これが舞鶴の生活感覚だと思います。
 夜遅くの外出はパチンコ好きと酔っ払いだけの特権だとでも言うかのように、それ以外の町全体が早くから家の中に閉じこもります。

 ましてや、美穂さんが出向いたのは深夜の大波下や朝来です。あんな場所まで歩いていくか?何のために?

 事件当初、舞鶴の人たちから、美穂さんの行動自体が理解できないといった話をよく聞きました。自転車もないのかとか、車で迎えに来る彼氏がおらんのかとか、行動が不良くさいとか、いろいろな声を聞きました。

 しかし、現に美穂さんは徒歩で出かけました。赤いバッグを携えてお出かけスタイルでした。

 2008年5月7日はゴールデンウイーク明けの月曜日。深夜の舞鶴は普段にも増して淋しかったに違いありません。

 そして、美穂さんは殺害されました。闇を感じる殺され方でした。人目のなさが実際の闇と同様の舞鶴だから発生したのでしょう。北朝鮮が人を拉致してしまえるのと同じ要因です。

他に誰がいたというのか

 殺害現場300m手前で二人を目撃したとの証言。
 大阪高裁の2審において、犯人確定の間接証拠にはならないと退けられた証言です。

 目撃者はタクシー運転手です。
 職業柄でしょうか、車のスピードを落として数秒くらい見たのだといいます。
 高裁は、視認性のわるい状況だったと解しています。

 京都府警はこの目撃証言を有力な手がかりとしました。
 しかし、内実はそれほどの強固さでもなかったようです。京都新聞は府警関係者に取材し、「ガラス細工を積み重ねていくような危うさ」だったという言葉を得ています。

 高裁は、検察側の失態を突きました。
 面割り(複数の候補写真から1枚を目撃者に選ばせる)以前に中勝美氏の写真を目撃者に見せるという失態でした。
 もっとも疑っている人物の写真を先に見せてしまったのだから、目撃者がそれに引きずられるのは当然です。
 そしてまた、たやすく引きずられてしまったのは、それくらい不確実な目撃記憶だったからでしょう。

 しかも、警察に迎合する傾向が目撃者に見られたことを高裁は重視し、捜査陣によって中勝美氏だと言わせられたも同然の目撃証言だと認定しました。
 高裁のその見解は論理的に正しいものだと思います。

 報道によれば、美穂さんが歩いた道筋に中勝美氏行きつけの飲み屋があります。事件当夜も中勝美氏はその店で飲んでいたといいます。そして、殺害される前の美穂さんと行きあう可能性がある時刻に店を出ました。

 中勝美氏は事件の後日に自転車を塗り替え、事件当夜に着ていたジャージと帽子を捨て、いつも持ち歩いていたバールも捨てています。

 当時は、防犯カメラの映像を元に、犯人らしき男の外見的特長が公表されていました。
 中勝美氏の行動は報道内容に呼応するかのようです。

 さらには、根拠脆弱とされた目撃証言を覆せるだけの確たるアリバイが中勝美氏にはありません。

 しかし、そのいっぽう、6回に及ぶ家宅捜索、2000点の押収資料にもかかわらず、中勝美氏と事件を結びつける物証が得られていません。
 限りなく怪しまれながら限りなく無罪に近いのが中勝美氏でした。

 とはいえ、やれたのは中勝美氏をおいて他にないーーーこれを状況証拠の積み重ねによって証明すればいい。
 そう考えた検察は、困難覚悟の道を選びました。

 女性下着泥棒と賽銭泥棒をはたらいた中勝美氏を逮捕し、中勝美氏が1年の服役を受けている間に、美穂さん殺しの間接証拠を固めました。

 私の感覚による判断ではありますが、深夜の朝来という場所柄からすれば、目撃された男女連れは美穂さんと中勝美氏で間違いなかったと思います。
 中勝美氏がクロかシロかを問わず、です。
 私が見た深夜の朝来はそういう場所でした。

 みなさんも機会があれば深夜の朝来に行ってみてください。無人島です。自分の他にそこに人がいないことを実感できると思います。

 車なら通らないこともありません。けれども、二人は歩いていました。男女連れです。そのうちのひとりは自転車を押していました。深夜の朝来、これだけの条件を満たす人物が他にあるのか。いないでしょう。
 これらの条件を満たす光景を見たというだけで、顔や体格をうろ覚えでも、美穂さんと中勝美氏であった確率がきわめて高いと思うのです。

 その目撃証言では他の人物である可能性を否定できない。高裁はそう言います。
 その結論で留めて欲しくなかった。
 目撃されたのは中勝美氏ではなかったという結論が出るまで公判を続けて欲しかった。
 そんなこと無理だとは分かっています。けれど、無理を承知の言い分です。

 被告を犯人と断定できる証拠が存在しないと判断した以上、無罪の選択しかなかったということだろう---12月13日の読売新聞は社説をそのように書き出していました。

殺害現場は人の暮らしのすぐとなり

 淋しいとはいえ、それでも大波下の海岸通は桜並木に街灯が灯っていました。道沿いには、住宅もあり店舗もあり小さな工場もあります。寝静まった風景ではあってもまだ町を外れきった気持ちにはなりません。海側に目をやれば、自衛隊の港湾施設がオレンジ色の光として視界に入りました。

 けれども、海沿いの道を右折して日本板硝子の敷地に沿って進み始めると、人の生活からいきなり遠のいたような空気があたりを支配し始めます。分かれ道近辺のコンビニは、あの頃まだできていませんでした。

 工業用地の夜、生活圏外を絵に描いたような静まり方をご存知の方もおられるでしょう。街灯が一定の間隔で立っているものの、街灯が明るいから周りが暗い。大きな闇と小さな光。この道が殺害に何か大きな意味を持っていそうだと、誰もが直感することでしょう。

 日本板硝子の敷地に沿った道が終わり、人の住む場所になってからが朝来の殺害現場でした。家が何軒も固まって建つ住宅地のすぐ裏手でした。よくここで人を殺す気になったな、物音で住民に気づかれる心配をしなかったのかなというのが第一印象でした。

 殺害現場の雑木林と住宅地を朝来川が隔てていました。つまり、川を渡渉しないと犯人と美穂さんは向こう岸へ行けません。住宅地のすぐ裏手で川を渡る。それがとても不自然なことに思えました。

 川へ下りるには急な傾斜の土手があります。その土手に入るにはガードレールを越える必要があります。ガードレールは楽にまたげるような低さではありません。
 両手で身体を支えながら股間を乗せ、瞬間的には両足を浮かせながらヤジロベエスタイルをとりつつ乗り越える必要があります。ガードレールに切れ目は設けられていませんから、またがずに済ませることはできません。

 川の流れだってそうです。歩いて渡るにも、あんな汚い水ですから底がぬるぬると滑ったり、ヘドロにずぶずぶと足下をとられたりすることでしょう。

 下手に橋がありました。流れの渡渉は避けていったん下流側の橋まで迂回し、それから上流方向に雑木林の中を移動したのでしょうか。

 いずれにしても、向こう岸を選ぶなんて手間と時間がかかる方法です。被害者に逃げる機会を与えます。しかも大声を張り上げれば住民に気づかれる可能性があります。

 それをわざわざ犯人が選んだ。すべて大丈夫の自信、犯罪に向いた場所を見定める嗅覚。住宅地から川を越えてしまえばその向こうにはもう何も心配材料がないことを知っていた。荒地のような空き地が広がることを知っていた。事前学習によって選ばれた方法でしょう。

女子高生殺害事件がまたも未解決か

 それにしても、そんな殺人事件が、人の暮らしのすぐとなりで成り立ってしまうことをにわかに信じられませんでした。
 やはり、閉じた夜の暗がりのなかで、誰かの恨みや悲しみがすすり泣いているのです。見えない力を味方につけた殺人事件だと思いました。

 小杉美穂さんの殺害事件から7年前の2001年11月、もうひとつの女子高生殺害事件が舞鶴で起きていました。

 京都府立海洋高校3年だった新谷茜さん(18歳)が殺され、遺体が志楽川に捨てられていました。
 茜さんは、11月5日に国立舞鶴高専の学園祭に出かけたまま行方不明となり、17日に遺体で発見されました。
 この事件は未解決、いまだに犯人がわかっていません。

 いや、自称「舞鶴の事情通」という男性によりますと、ひとりの少年を警察はあと一歩まで追い詰めていたのだといいます。けれども決定的な証拠を握ることができなかったというのです。少年の仲間たちが口裏を合わせて真実を隠したからだと、自称「舞鶴の事情通」は言いました。

 茜さんの遺体が発見された現場も、舞鶴高専の位置も、小杉美穂さんの事件現場から大きく離れてはいません。志楽川と朝来川の違いはありますが、住宅地に近い川を利用した点でも似ています。

 茜さんの遺体をはじめに見つけたのは犬を散歩していた近所の主婦です。朝の8時頃でした。遺体遺棄現場は時間帯によっては人通りがあるのだといえます。
 しかし、時間と場所を選べば、あのあたりの川筋には殺人事件を迷宮入りさせる環境もあるのでしょう。双方の犯人ともにそれをよく心得ていたと思えてなりません。

 似通いすぎた事件をふたつも迷宮入りさせてなるものか。
 京都府警の面子をかけた捜査でした。
 それゆえに勇み足がすぎました。

 たとえば、遺留品の下着とポーチです。ピンクのポーチが暗がりではベージュ色に見えることを知っていたとか、川に捨てられて変色する前の下着の色を知っていたとか、そこが「犯人でなければ知り得ない事実」だと検察は主張しました。このことは多くの報道が伝えています。

 ところが、京都新聞によれば、無罪・有罪の分岐点といえるこのポイントにおいて、検察は大いにぬかっていました。色に関する事実を客観的に確認していなかったのです。
 遺留品の特徴を母親に尋ねたり、製造元に問い合わせたりして、被告が供述した色以外にはありえないことを客観的に証明しなくては証拠能力が充分だとはいえません。

 取り調べ中のメモには、「どんなものがありますかねえ」、「まだ弱いですか」という中勝美氏の言葉が記録されていたそうです。
 高裁は、これを、捜査員の顔色をうかがい辻褄を合わせようとする態度だと解釈しました。
 任意性に乏しい自白だと解釈されたことになります。

 被告の述べた色と検察官の言わせたい色が一致しただけだ、当てずっぽうでも当たることがある、捜査官が誘導して言わせた程度の話だと、逆転無罪判決は言っています。
 もちろん判決文要旨はもっとしかつめらしい言い回しですが、私の端的な表現ではこうなってしまいます。

公判の中味がすべてではないだろう

 検察や母親の小杉春美さんは、逆転無罪の判決後も中勝美氏が犯人だとの見方を捨ていません。

 12月15日の産経新聞は、

有罪を信じて疑わなかった京都府警の幹部が「被告を社会に出すことがあってはならない」と“警告”する

 と書いています。

 母親は上告を強く希望し、検察は上告の妥当性を本気で検討したいと身構えています。
 私は上告が受け容れられるとは思いませんが、それとは別に、犯人は間違いなく中勝美氏だという強い確信を検察と母親が保ち続けているからこうなるのだろうと考えています。

 自分たちの貧相な証拠固めが最大の原因となった逆転無罪判決なのに、それでもなお「被告を社会に出すことがあってはならない」とまで京都府警幹部に言わせるもの。それは何なのでしょうか。
 負け惜しみでしょうか。

 しかし、負け惜しみの発言ならば大きな失言です。
 冤罪でもなんでもとにかく中勝美氏を死刑にしたがった上に、その濡れ衣に失敗したら今度は被告への名誉毀損か。
 世間からそのような攻撃を受けるに違いありません。

 世間からの攻撃を覚悟、間違いないと考えて言うことなのだと京都府警幹部が腹をくくっているのなら、何か強固な自信を背景にした発言です。

 私は、世に知らされていない事柄がまだまだあるのだろうと思っています。
 世に出せない事柄だし、公判にはそぐわない事柄だけれども、中勝美氏の犯行を確信させるに余りある事柄。
 検察と母親はその事柄を胸のうちに秘めているのではないか。そんな気がしてなりません。

 気になるコメントがあります。
 中勝美氏の遠山大輔弁護士の言葉です。
 遠山弁護士は、京都新聞の取材に答え、「証言が本当だとすると、取り調べを録音、録画してなかったから有罪が立証できなかったのだと思います」と言っています。

 京都新聞は、これを弁護士から検察へのきつい皮肉だと受け取っています。
 たしかに皮肉も含まれています。
 けれども、私には、「どうして正しく立証して有罪にしてくれなかったんだ」という検察側へのメッセージが隠されているように聞こえてなりません。

 弁護士の目から見ても中勝美氏が犯人ではなかったのでしょうか。
 とはいえ、法に基づく弁護を職とする者です。法に準拠しない立証で被告が犯人にされるのを見過ごすわけにはいかなかったのではないかと、私は遠山弁護士の胸の内を推測します。
 遠山弁護士は中勝美氏を守ったのではなくて刑事裁判のあるべき姿を守った。
 それはうがちすぎでしょうか。

仮想の話ながらも

 小杉美穂さん、春美さん母子は、いわばなりゆきの形で舞鶴に移り住むことになったと、事件発生当時の週刊誌が書いていました。舞鶴で住み始めたのが朝来のマンションでした。
 事件に関連して父親がまったく登場しないことからも推測できる通り、両親は離婚しています。

 マンションのすぐ近くには、お世辞にも立派とはいえない京都府営住宅があり、中勝美氏はそこで生活保護を受けながら暮らしていました。
 中勝美氏は地域の要注意人物として広く知られていましたから、近所の小杉母子も情報を耳にしていたはずです。顔つきくらいは知っておく必要もあったでしょう。

 いっぽう、中勝美氏は、美穂さんとは知り合いだったと述べていたそうです。
 事件後、飲み屋での発言ですから、中勝美氏の嘘かもしれません。
 けれども、中勝美氏と美穂さんは実のところ知り合いであり、中勝美氏を目的に美穂さんが深夜の外出を敢行したのだとすれば、どうでしょうか。
 それが検察や母親の確信を支える根拠だと解することもできます。

 ただし、中勝美氏目的の外出だったとした場合ですが、その事実は美穂さんと中勝美氏だけの秘密であった可能性が高いと思います。あの要注意人物と接触があるなんて、母親にも打ち明けにくかったはずです。

 どうだったのかと美穂さんに事実を確認することはできません。
 そして、中勝美氏にとってはきわめて不都合な事実です。
 有力な材料を突きつけることなしに自白を期待することはできません。

 そんななかとはいえ、検察や母親は二人の人間関係を確実視している。だから中勝美氏以外にはないと確信してきる。けれども、公にしにくい話である。
 そんな内実があるのかもしれないと、私は憶測しています。

 中学生時代の美穂さんは不登校を繰り返すひきこもり生徒だったと、多くの報道が伝えていました。
 当時は携帯電話のプロフが流行し、美穂さんもプロフをやっていました。ひきこもりだ、不登校だといっても、人とのつながりまで断とうとはしていなかったのでしょう。

 美穂さんが生きにくさ、暮らしにくさを感じ続けながらも何かにすがろうとしていたのなら、中勝美氏のような要注意人物ですらも救いであった閉塞的状況を想定できないこともありません。

 であったとしても、です。
 成長を遂げ始めた美穂さんは中勝美氏をもはや必要としなかった。新たなところへ飛び立とうとしていた。
 そんな展開もあり得たと私は思います。

 何もかも仮想の話です。そして、仮想でしか語れない事件です。

 最後に、2009年4月の産経新聞記事を転載したブログサイトを紹介します。その新聞記事は、中勝美氏の殺人歴にもふれています。
 その記事を読んだ私は、中勝美氏を更正させようとする朝来地区の真摯な努力ですらもせいぜい気休め程度の美談以上ではあり得ないことを知りました。
 肩を落とした次第です。

URL=舞鶴 高1女子殺害事件 中勝美被告に無期懲役判決/鹿児島夫婦殺害事件/和歌山毒カレー事件 - 来栖宥子★午後のアダージォ

3 件のコメント:

  1. はい、結局この男を世に放ったのは取り返しのつかない過ちでした。この記事書いた人、今どう思ってる?

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  2. コメントありがとうございます。

    この記事書いた人というのは、私のことですか?

    私は、中勝美以外に美穂さんを殺れた奴はいないと、当初から思っています。

    舞鶴の夜というのは、気味悪いまでの人通りのなさ。
    とくに、朝来という場所は、市街地からも大きく外れたところで、人通りがまったくありません。
    目撃情報程度のあやふやな特定度合いでも、自転車の男=中勝美、女性=美穂さんと考えて間違いないと思います。
    それ以外の人が同じ行動をとっていた確率はゼロに近いと考えられます。

    しかし、刑事訴訟法的に立証不十分で無罪判決になったかぎりは、私たちにどうすることもできません。
    検察はおろか、裁判長も、弁護人だって中勝美がやったはずだと思っていたことでしょう。

    でも、無罪放免が、法律の観点からはいちばん正しいわけで、私たちがどうにかできることではありません。

    無罪放免が過ちだったという意見は多いのですが、そのように言う人たちはあのときすぐに中勝美を自分の手で殺すべきであったと私は思います。

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  3. 無罪放免は過ち以外の何ものでもないでしょう。
    法や「常識」に縛られすぎなんですよ。
    考え方の根本が縛られてる。
    中が犯人であることは誰の目にもあきらかだった。
    そして野放しにしておけばまた被害者が出るということも。
    社会秩序を守る為の法が逆のコトをしているという矛盾、状況証拠のみでは仕方なかったというのは逃げでしかない。
    前例がないなら創ればいいんですよ。
    裁判官も弁護士も卑怯者だ。
    逃げたんですよ、結局。
    、、、そう思ったなら殺せばよい?なに言ってるんだろうね。責任を問うてるんですよ。
    人としてのね。

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