2010-11-25

福知山マラソン大会 1万人超の参加者のなかで

 福知山マラソン大会に初出場した。
 といっても、42.195kmのフルマラソンではない。 「ファンラン」と位置づけられた10kmコースだ。

私の応援団。左がビビアン、右が妻お龍。
 大会全体の参加者数は10000人を超え、そのなかでフルマラソン出場者数は9000人余り。9000人が42.195kmを走ると、42.195km×9000=379755km。地球を9周してまだ余る。こんな計算をした奴はあまりいない。

 その10000人という数字を如実に表現したのが仮設トイレの行列だ。


 男のオシッコ平均時間は30秒程度だろうか。なかには念入りにチンチンを振って1分を費やす奴もいるだろう。というのも、ワコールのcw-xをはじめとする圧迫タイツを履いて走るのが当たり前になってきた昨今、その下はパンツを履かないランナーも多い。気温が低い晩秋の大会。よく滴を切っておかないと、タイツを上げてからスースーとチンチンが寒い。とにかく、スタート時刻に間に合うのかどうか、みな心配顔で順番を待っていた。

 いやあ、それにしても、みんなよく走る。そして我慢強い。歩いてもいないのに、私はどんどん追い抜かれた。追い抜かれまいとすれば苦しくてしかたない。

 スタートから5km地点の福知山駅前で妻お龍が応援のために立っていた。もうひとり立っているはずのビビアンは、私の応援なんて価値がないと判断したらしく、駅前広場で吹奏楽を演奏する自分の娘のほうに行ってしまった。 この見切りの早さ、さすがバブル世代の女だ。

 「おとうさんの後ろは車だけだったよ」とお龍。
 私は10000人のなかのドンベになっていたのだ。すぐ後方から、大会のオフィシャルカーが、三角錐のパイロンを回収しながら走っていた。6月から練習してきて、1万人のなかの最下位。さすがおさちゅん。人にできないことを当たり前のように成し遂げる。

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 こら、あかん。妻お龍のところで走るのをやめた。大会ルールがあって、5.1kmを45分で通過しなければそこで強制的に走るのをやめさせれる。自分の好きなところで落伍しても結果は同じだ。誰もが克己心の塊となって走っているはずだが、10000人の我慢比べ大会に私はやっぱり負けた。
 動画でわかるように、落伍しても褒めてくれるのは妻お龍ばかりで、お龍が私を弱くしてきたのかもしれない。
 それはともかく、自分の動画を見て、早く歯を入れようと思った。

 下の動画は、フルマラソンのゴールまであと2kmの場所。すでに40kmを走ってきたランナーたち。最後の最後になって、高低差60mのきつい登り坂に心臓と根性を試される。

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 「ファイト、あとちょっと。がんばれ」
 「負けないで。完走、完走」
 沿道から惜しみない激励がランナーたちに寄せられる。私も惜しみない激励を寄せていたら、「おとうさん、他人に言えるの?」とお龍からつっこまれた。

 私がランニングの師匠と仰ぐYさん。同じ会社の45歳で、Speed Arrowというチーム4人でフルマラソンを走った。そして、みごと4人ともが完走。チームの一人であるMさん、やはり同じ会社の50歳超の女性だが、フルマラソン初挑戦ながら5時間台で走りきった。

 夜は、そのチームの打ち上げに参加した。来年は一緒にフルに出ましょう。チームSpeed Arrowに加われと誘われたが、私はただただ生返事。その割にはチームのみんなと肩を組んでカラオケでいちばんはしゃいでいるのが私だ。

チームSpeed Arrow。真ん中が支障のYさん。

 チームそろって完走を遂げた4人のテンションは最高潮に達していた。42.195kmを通じて自らを奮い立たせ続けた気力は走りきった後もまだ空転していて、飲み、食い、騒がなければ心の炎を消火しきれない様子だった。体力を消耗しきったはずの4人がいま起きたばかりのような元気さではないか。
 けれども、それもそのはずだ。練習でも10km、20kmを当たり前のように走りこんでいてすら、本番では我慢の連続だ。苦しくなるたびに落伍の誘惑と戦わなくてはならない。バカに徹して真剣な気持ちを保ち続けることなくゴールまでの距離を走りきれるものではない。大会に向けて、心身ともにそういう自分を作り上げてきたのだから、達成の開放感も手伝って、まだあっちの世界からこちらに戻ってくることができない。
 フルマラソンを走るとはそういうことなのか・・・えらい身近にえらい奴らがいたもんだ。




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