2011-02-20

山音 大江山の懐石料理 宮津市小田中ノ茶屋

 春が近い。夕暮れ時が長くなった。

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 由良川が水嵩を増し、速度を上げて流れている。昨日、今日の気温上昇によって流域全体で一気に雪解けが進んだ。その雪解け水が川幅いっぱいに広がっている。



DSC01568 夕暮れのなかを、由良川と同じ速度で私は急いでいる。目的地は大江山麓の懐石料理「山音(やまね)」。大江山の鬼居住区に位置するだけに福知山市街から40分を要する。着いてしまえば携帯は圏外だ。


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 夕暮れ時と書いたが、少しズルをして昼の風景を掲載しよう。山音までの道中、二瀬川渓谷の雪解け水だ。早春のエネルギーが岩を削らんばかりだ。





DSC01610 春を待つ風景は山音の床の間にもあった。ご亭主が雪の山から枝振りのいい檀香梅を切ってきた。それを奥様が花瓶に挿した。2月半ば、檀香梅はもう蕾をつけている。それだけで床の間が早春に変わる。掛け軸にはお内裏様とお雛様の立ち雛だ。



 懐石料理とは何ぞや?よくわからないまま宮津懐石と銘打つ山音に来てしまった。少なくとも宮津懐石というのは造語だ。そのような料理様式が世に広く存在するわけではない。宮津の食材にこだわるという店の心意気だろう。


 では、自らの勉強のために、ネットで茶懐石本来の流儀を調べつつ、実際に食べた料理に当てはめていこうと思う。





DSC01620 ひと品目。これは八寸に当たる(と解釈すべきだと思う)。
 八寸四方の盆に酒の肴に相応しい珍味を二品か三品というやつだ。
 正統派茶懐石のひと品目は飯碗、汁碗、向付だが、商売としての懐石では八寸から始まることも多いーーーとwikipediaは言う。



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 写真、ひと品目の品々。
 左上から時計回りに、①生湯葉と雲丹、②カラスミとクワイをパリッと揚げたもの、③鮑と三宝柑の黄身酢あんかけ。そして、④与謝野町谷口酒造の大吟醸澱酒(おりざけ)。
 この澱酒は、酒税法をやっと満たす程度に濾過を施しただけの酒で、中味はほぼ原酒。山音に限って入手可能だという。




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 ふた品目。刺身だ。向付と思えばいいのだろうか・・・。
DSC01627 梅酢がついてくるところがいかにも懐石らしい。小鉢の絵柄に合わせた梅の置き方にも心配りが見える。
DSC01629 魚種は、近海マグロ、ヒラメ、アオリイカ。
 注目すべきは皿に敷き詰められたこの氷。「温(あつ)いものは温(あつ)く、冷たいものは冷たく」。懐石の主軸をなすもてなしの心だ。
 そして器。金銭的な値打ちはわからない。美しいということは私にも伝わってくる。ご亭主は綾部の海老ヶ瀬工房の食器をとくに好まれる。






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 三品目。宮津グジのお椀。グジは甘鯛のことだ。正統派懐石では三品目で料理コースが佳境に入ってくる。このお椀は茶懐石でいう煮物に当たるのではないか。煮物は一汁三菜の二菜めにあたり、メイン料理のひとつだという。それを踏まえると、このお椀の華やかさはメインの一角を受け持つに相応しい。
 それにしてもアーティストが盛り付けたような色取り。才能だ。

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 四品目。宮津の天然鰤。
 伊根、橋立、宮津は寒鰤の鰤しゃぶで有名だ。
 これは一汁三菜の三彩めにあたる焼物。茶懐石ではやはりメイン料理に相当する。鰤を焼いただけではなくて、柚子がつき薩摩芋の金団(きんとん)がついている。
 懐石料理ならでは、骨がすべて丁寧に抜いてあった。面倒くさくなくてまことに食べやすい。私が介護を必要とする頃、うちの妻お龍はここまでのことをしてくれそうにはないけどね。

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DSC01641 五品目。冬季限定の千枚漬寿司。今年は蕪が手に入りにくくて千枚漬けが少なくなってしまったと女将さんから説明を受ける。これが今冬最終の千枚漬寿司だという。
 ぎゅっと詰まった米粒。その周辺の一部にグジをのせ、さらにその外側を千枚漬が覆っている。醤油をつけて食べるのかと思ったが、ついに醤油は出てこなかった。
 この寿司は正統派茶懐石の何に相当するのかよくわからない。単に山音名物というだけなのかもしれない。深く考えない。


 六品目。これは、もう、本当に興奮した。宮津で揚がったサクラマスの道明寺蒸し。


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 懐石っぽくないがここだけは片仮名でサクラマスと書かせていただきたい。ヤマメを愛する心が片仮名以外を許さない。ヤマメはサーモンの一種だ。見よ、このサーモンピンクの肉を。
 ヤマメは淡水魚と思われがちだが、河川で成熟できなかったヤマメのメスは海に下る。餌が豊富な海で鮭と同じくらいまで大きく成長し、サクラマスと呼ばれるようになる。そして雪解け水に誘われて、母川に回帰する。
 この時期、宮津の海でサクラマスが獲れたということは、近在の川にサクラマスが帰ってきていることの裏づけだ。
 宮津で獲れたサクラマスと奥さんが話し始めるや否や、「どこの川に遡るんですか?」と質問していた。女将さんが知るはずもない。サクラマスに聞いてくれ、だ。
 食べる箸が震えた。己の興奮を己が食す。
 その葉はホウバですと女将さんが説明してくれる。そんなの関係ねえ。サクラマス、サクラマス、サクラマス。頭の中ではその一語だけが鳴り響いている。一語一会とはこのことか?


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DSC01651 七品目。三宝柑を器に胡麻豆腐
 サクラマスで料理への興味をすっかり失った。それまで丁寧にメモをとっていたが、ここから急にメモが空白だ。
 加えて、このあたりから正直なところ、(山音の料理ではなくて)、懐石のおとなしさとまじめさに飽きてきた。老人の下手な話を聞いているみたいだ。
 三宝柑をぱかっと開けたら中はこんなだった。











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 八品目。ここで蟹と海老の入ったご飯。
 先に出された三宝柑は料理と料理の間の口直しだったのだろうか。懐石にも西洋料理のメニュー構成が入ってきているというから、それもありえる。
 正統派茶懐石ならば最初にご飯が出ると聞いた。しかし、料理店の懐石には会席の意味合いも濃く、酒を飲む前からご飯というわけにはいかない。

 料理をここまで食べてきて、いちばん高い「花」のコースにしたのはひょっとしたら間違いかもしれないと思い始めていた。季節柄、これだけの品数になると食材にバラエティーを与えるのが難しそうにみえるのだ。千枚漬寿司、道明寺蒸し、蟹と海老のご飯。米の料理がこれで3つめ。もし三宝柑が挟まってなければ、米、米、米の浪漫飛行になるところだ。食材のバランスを尊ぶ懐石の精神に反してはいないか?






DSC01658 九品目。菓子の代わりに果物。
 宮津栗田(くんだ)産の苺、章姫(あきひめ)。糖度が高く酸味が少ないというのが章姫の特質だが、その甘い章姫の一部をつぶしてさらに砂糖を混ぜシロップの役割を与えている。このアイデアはいただきだ。



 飲み物はこんなメニューになっている。山口県の酒「獺祭(だっさい)」の二割三分はすごくおいしくて酒に弱い私でも飲めてしまうが、この値段(グラス小で1700円)ではちょっと手が届かない。
 このメニューにある酒よりもさらに辛口の酒を好む客のために、竹泉のきりりとした辛口も用意してあるそうだ。

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 山音の料理はコース3種類限り。昼、夜の区別なくこのコースだけ。税・サは別だから実際の支払いは約20%増しになる。
 山・・・7000円。
 音・・・9000円。
 花・・・13000円。

 高い。
 仕事で行くのなら支払いは会社もちだからなんの心配もない。個人でしょっちゅう行ける値段ではない。
 反面、仕事で行く場合は、お客さんへの気遣いが優先だ。器を愛でるとか季節に合わせた部屋の演出を味わうといった気持ちの余裕を持てない。
 懐石は総じて禁欲的な薄味。無でもなければ有でもない味付けが含まれている。じっくり食べないとおいしさが伝わらない。旨いというよりも、味が美しいというほうでの美味いだ。感性を研ぎ澄ましてビミョーな美味しさを五感で知るためには、個人でゆったり行くにかぎる。
 私は酒を飲まなくても平気だから、タクシーや代行の費用を考えなくていい。その恵まれた資質(?)を生かしてご夫婦の山音イズムを1年に1度は経験してみたいと思う。愛犬満ちゃん(紀州犬)にも出会ってみたい。


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夜、山音の他にあるのは雪と暗闇だけ




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DSC01592 ご夫婦は季節感の演出に熱心だ。視線を移せば必ずそこに見るべき何かがある。女将さんが料理を運んでこられる間合いも、机上への差し出し方も、行き届いていると表現する以外に適切な言い方を知らない。
 大江山を下れば少しの贅沢で支払いが1万円に達する店は少なくない。舞鶴や福知山でもそのような店が散見されるし、京都市内ならざらにある。その金額で山音に相当する風情の演出やもてなし作法を心がける店にどれほど出会えるだろうか。

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    写真:山音の内部
     ①玄関
     ②広間
     ③カウンター席
     ④食器コレクションのある部屋 

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  食器の見せる収納



「いろいろ行っておられて、和食でどこかおいしい店があったら教えてもらえまえんか?」

ご亭主からそう尋ねられた。意外だった。こんな山間に店を構えている人だから、人なつこい笑顔の裏に来たければ来いくらいの自負を隠し持っているのかと勝手に思い込んでいた。ところがさにあらず。自分の味が一番だと自惚れている方ではないからそんな質問が出てくるのだ。

DSC01597 しかし、「鉄板ダイニングこころ」と答えるわけにもいかない。「縄屋さんですねえ」と答えると、ご亭主は納得の表情。「このあたりではあそこが一番でしょう。吉岡君、羨ましいですよ」とおっしゃった。

 「むしろ、わきもとのご夫妻に山音さんを薦めたいんですけど」
 「え?それはどんなお店ですか?」
 「福知山の蕎麦屋さんです。山音とわきもとはなんか似てる気がするんですよ」
 その蕎麦屋さんに自分のほうから行ってみたいとご亭主。蕎麦が大好きなのだそうだ。


 山音の里は福知山よりも3度は気温が低い。Tシャツの上に作務衣を羽織っただけのご夫妻が、冷たい戸外に立って私を見送ってくださった。ご亭主は車道にまで出て、両方向からの車を確認してくださった。大江山鬼の居住区に住んでいたのは、もてなし精神の鬼だった。
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この行き先表示に突き当たったら、山音へは宮津方面へあと2分










山音のURL=http://yamane.tyanoyu.net/index.html
山音のブログ= http://kaiseki-yamane.blogspot.com/

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