2012-11-13

福知山城 丹波なる吹風の山のもみじ葉は

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 つい先日の福知山城。みごとな紅葉です。
 けれども、よく見たら、ミフネホームセンターの看板がめちゃ写ってますね。



丹波なる吹風(ふくち)の山のもみじ葉は散らぬ先より散るかとぞ思う

 さて、福知山城の紅葉をテーマにしたのは、福知山という地名の由来について次のような記述を見たからです。この記述を見つけたのは、Wikipediaで福知山市を検索したときのことです。

 それを要約しますと以下のようになります。

★ 明智光秀が新たに城を築いたときに「福智山」と名付けた
★ 1728年(享保13年)、当時の城主朽木氏が「福知山」に改めた
★ 明智光秀の「福智山」命名には、以下①②、ふたつの説がある
① 和泉式部の歌「丹波なる 吹風(ふくち)の山の もみじ葉は 散らぬ先より 散るかとぞおもう」を踏まえた。「吹風」の漢字表記を踏襲せず、明智の「智」を使って「福智」にした
② 富士山の別名をそのまま引っ張ってきた



 和泉式部の歌を地名重視で読み取れば、
 丹波にある吹風という山の紅葉は、散ってもいないうちから散るかと心配してしまう(なにせ吹風の山というだけに)
 みたいなことだと思います。

 紅葉ってそんなとこがありますよね。私も、早く行かないと紅葉のきれいな時期が終わってしまうと、焦り気味で福知山に向かいました。

 和泉式部は1025年、丹後守藤原保昌の妻として丹波・丹後に移り住んだといわれています。「丹波なる」の歌は丹波・丹後時代の作だと考えていいでしょう。
 せめて歌が生まれた場所と時期だけでもハッキリさせたかったのですが、あいにく今日は月曜日で、図書館が休館でした。

 では、和泉式部の丹後・丹波時代に生まれた歌だとして、そして明智光秀がその歌を踏まえたとして、歌に詠まれている「吹風の山(ふくちのやま)」という場所はいったいどこを指すのでしょうか。

 丹後の地名を調べ続けている斉藤喜一さん(舞鶴市在住・65歳)は、福知山城の建っている小高い場所、いまでいう朝暉丘のことではなかろうかと言っています。

 「光秀といえどもこんな弥生の地名はまったくの真空からひねりだせる名ではないと思われる」と斉藤さんは言います。弥生の名というのは「吹風山」のことです。

 そこに「吹風山」という古来の名があった。明智光秀がその古い名を復活採用したーーーこれが斉藤さんの見解です。


 音の羅列として「フ・ク・チ・ヤ・マ」を思いつくなんてまずありえませんよね。たとえ思いついたとしても、音の羅列の採否を吟味するなんて(新しいアニメキャラの名前を応募してネじゃないのですから)、普通はやらないでしょう。




_DSC4865福知山城は小高い丘に建っている。この丘をいまは朝暉丘(あさひがおか)と呼んでいる。この絵は、新音無瀬橋からの写真を加工したもの。


 斉藤さんは、『福知山支略(明治初期発刊)』にあたりました。そのときのことを自らのホームページ「丹後の地名」で紹介し、「福知山城起ハ古ヘ吹風山ト云し頃、山上ニ八幡宮有依之八幡山ト云・・・」という記述があったと述べています。

 私なりに読み下しますと、「福知山城の名前の起源だが、古い時代には吹風山と言った。その頃には山の上にふたつの八幡宮があったので八幡山とも言った・・・」になろうかと思います。

 斉藤さんによりますと、『福知山支略』は、和泉式部の「丹波なる吹風(ふくち)の山のもみじ葉は・・・」を引用して、「チ」が「風」の古語であることを示しているそうです。

 なるほど、「チ」が「風」の古語であれば、「吹風山」の読み方はおのずと「ふくちやま」に落ち着きます。


 「吹」のほうは「ふく」で誰にも異存はないだろう、しかし「風」を「チ」と読むなんて読者が納得しないぞーーーという危惧が『福知山支略』の編纂者にあったんでしょうね。
 そこで、風の古語が「チ」であったことを示す好例として和泉式部の歌をもってきたのでしょう。


 「チは風の古語」だと説明する『福知山支略』を受けて、斉藤さん自身が「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ(菅原道真が大宰府に流罪になったときの歌)」を例に挙げています。
 この歌でも「風」が「チ」と読まれています。

 さらに斉藤さんは、低気圧接近を知らせる海風が日本各地でアエチ、アユチ、アイチと呼ばれる実例も付け加えて、「チ」を「風」の古語だとする『福知山支略』の妥当性を補強しています。

 斉藤さんはこれだけの検証を重ねて、「吹風山」はたしかに「ふくちやま」と読めると結論づけています。斉藤さんの独自性と知性の高さがひときわ輝きます。斉藤さん、ありがとう。勉強になりました。
 (詳しい中味は斉藤さんの「朝代神社・朝禰神社:舞鶴の地名」をご覧ください)

 ここからは私のあてずっぽうです。
 「風」の古語が「チ」ならば、「散る」の「チ」もひょっとして風じゃないのでしょうか。
 「風る」なんて、まさに紅葉向きでちょいと典雅ですよね。風邪を引くって意味みたいですけどね。


 この「吹風」という漢字表記は和泉式部自身が使ったのでしょうか。私はそうではなかろうと思います。なぜなら、和泉式部、清少納言、紫式部など平安王朝の女流文学は仮名文学だと習ったからです。
 和泉式部歌集が流布本で広がっていくうちに、仮名ではかえって通じにくい言葉が漢字表記に変換されていったのではないかと思います。




_DSC4713福知山城天守からの眺め。小高い丘ゆえに四方を見渡せる利点はいまも健在。いまの時代になっても高い建物がないからだとかいわないで。



フクチヤマとは格式高く希望に満ちた地名だった
 さて、吹風山から福智山まで、つまり和泉式部から明智光秀までの間に500年余りの歳月が流れています。
 明智光秀が500年以上もいにしえの地名にアイデアを求めたのだとすれば、すごいこと。とても博学だったことになります。

 明智光秀が城を築く以前、同じ場所には横山信房の居城する横山城がありました。

 いろいろなブログによると、当時お城の場所は横山と呼ばれていたといいます。
 また、その時代の福知山全体は「宗部荘」と呼ばれていたそうで、これは藤本幸正さん(福知山市在住・81歳・フジエステート代表取締役社長)のホームページ「福知山の栄枯盛衰~福知山の歴史~」に書いてあります。

 藤本さんのホームページには福知山の昭和や大正の写真もあって勉強になります。


 宗部荘とか横山といった固い地名の場所に居て「吹風山」という古い呼称を思い起こし、さらには明智の「智」の字を入れて「福智山」を編み出した。こんな利発な武将が、こんな風雅な武将が、本能寺の変を起こしたなんてねえ・・・。



_DSC4825明智光秀を祀る御霊神社(御霊さん)。光秀にやさしい町は、なぜだろうか、自分にも居心地がいいと思う。


 ただし、明智光秀が踏まえたのは富士山の別名だったという説もあります。こっちの説に傾きますと、「吹風山」を元にしたときほどの優雅さがありません。けれども、富士山の別名から選び出したと考えるほうが現実味は増します。

 では、富士山の別名とはどんな名前でしょうか。

 福智・・・『桔梗の花さく城(斉藤秀夫:2006年鳥影社)』は『駿河風土記』に九通りの別名があり、そのなかのひとつが福智だといいます。

 福慈・・・先ほどの斉藤さんは、『常陸風土記』から駿河国の福慈岳という言い方を紹介しています。

 福地・・・「福地とは何か」というブログは、『姓氏家系大事典コンパクト版(丹羽基二:新人物往来社2006年)』を引用し、『駿河風土記』では福地と書いてフジと読むことを紹介しています。

 明智光秀がどの別名に注目したのか私たちにわかるはずありません。
 けれども、いずれにしても霊峰冨士の別名であり、神々しさを伴っています。明智光秀は、この地の将来を祈りつつ神の恵みがありそうな名前を選んだはずです。

 明智光秀からさらに400年が過ぎ、福智山の智が知に変わったいまも、フクチヤマという発音は変わりません。幸いを生ずる土地、神仙の住む土地といったニュアンスは音に宿り続けていると言えるでしょう。

 すなわち、フクチヤマとは、実に格式の高い、そして希望に満ちた地名だったのです。


 ちなみに、もしご興味がおありなら、「福智山」で検索をかけてみてください。北九州にある901mの秀峰がヒットします。



_DSC4908夕日を受ける福知山城を見上げる。秋の日は釣瓶落とし。気温が下がって寒くなってきた。


 しかし、まあ、歴史ばかりは何が本当のことなのかよくわかりません。

 前述の『桔梗の花さく城』によれば、明智光秀が名前を改めた結果「福知山」になったという記録もあるそうです。「福智山」ではなくて「福知山」です。これは明智光秀に敗れた横山家側、『横山硯』の記録です。

 また、『桔梗の花さく城』は、「福智、福地、福知の3種類が用いられていた」という『丹波志』の記録も紹介しています。

 『横山硯』や『丹波志』の記述を重視すれば、ちょっと興ざめです。和泉式部の歌、富士山の別名、そして明智光秀の聡明さ、それらが福知山の生みの親になったとは考えにくくなってくるからです。

 でも、繰り返しますが、福知山でも、福地山でも、福智山でも、あるいは命名の由来がどうあっても、フクチヤマというのは格式の高い立派な地名であることに相違ありません。
 明智光秀が命名にかかわっていなかったとしても、誰かがこの土地の幸福を祈って冨士山の別名をヒントに命名したのだと思います。

 地名がそこまで立派なのに、パチンコ屋ばっかりがもうかるような町ではいけないと思います。


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