よくぞ、おさちゅん、この店へ入ったと、まあ皆さんにも褒めていただきたい。自分も自分を褒めたい。
この店構えですからねえ。
やっぱりやめとかこかという気持ちもありましたよ。
浪速女性ブロガーが広めた焼肉丼
実は、この「かね安」は、知る人ぞ知るの一軒らしいのです。
店の大将によりますと、大阪の若い女性ブロガーが、ここの焼肉丼を紹介してくれたそうです。
その女性のブログは人気が高くて、一気に客が増えたのだそうです。
口コミでやってきた若い客はとにかく写真を撮影していく。その写真をSNSに掲載する。いまやFacebookにはうちの焼肉丼の写真が飛び回っているのだと、大将が言います。
へえ、そうなんですかあ。
私は知る人ぞ知るのなかのひとりではありませんでした。近くのにしはら耳鼻咽喉科に仕事でやって来ただけです。
あ、肉屋さんが食堂もしてはる。近江牛やなあ。おいしかったらどうしよう。
それだけの動機でした。いつも見ていたのは、写真のような精肉店側の顔ばかり。店の交差点を右折してみて、今日が初めてのことです。食堂併設に気づきました。
肉屋のほうも食堂のほうも、大将が独りでやってます。私とよく似た歳です。一緒にやっていたお母さんがご病気。パートの女性は腰が痛くなって休んでいます。
「そら、たいへんですねえ」と言ったら、「それでも、昼に5人か6人食べに来たらだいたい終わりですから」とのこと。Facebookで焼肉丼の写真が飛び回ってるという割には地味な繁盛具合です。
さて、その焼肉丼です。焼肉丼だけですと680円。私は定食にしましたから1050円です。
私はシンガポール人ではないし
食べる前に驚いたのが、THE WALL STREET JOURNAL(Asian Edition)でした。
3週間分くらいの中スポ(中日スポーツ)が積み重なっている上から2番目に、11月28日付けのウォールストリートジャーナルがありました。
去年のやつかな? いや、たしかに2012年です。
この不釣り合いがおもしろいし、一緒に並べて写真撮るわ。
私のその言葉に大将がカチンときた様子。
いいえ、それは、私が昨日読んでたんです。うちは外国のお客さんも多いし、英字新聞を置いてあるんですよ。
えっ、外国の人?
そうですよ。近江牛のすき焼き食べに来てくれはります。シンガポールではうちの名前はよく知られてますよ。
そういうことらしいです。
なにせ私はシンガポール人ではないし、知りませんでした。
「儲けがない」はほんまかもしれへんぞ
では、いただきます。
うまい!
これを世に広めた大阪の若き女性ブロガーに星三つです。
岡喜の三井アウトレットモール竜王店よりもはるかにおいしいと思いました。
焼肉といいますが、いわゆる焼肉店のタレのような味ではありません。丼にしたときにしつこくならない味作りと味加減。それをよく考え抜いてあります。
「ニンニク入れますか。大丈夫ですか」と尋ねられて「平気、平気」と答えたのが大正解でした。ニンニクなしでは味わいが平坦だったと思います。
食べ始めてから気づきましたが、肉の量も充分です。ああ肉食ったなという充実感です。食べかけた丼を写真にするのも見かけがわるいからやめときましたが、写真で見てもらえるなら肉のボリュームが一目瞭然だったでしょう。
牛一頭を仕入れているからその量で出せるのだと大将が言います。加えて、大将自身が枝肉を店内でさばいています。
ミンチにする肉、サーロインステーキにする肉、すき焼きにする肉と分けていって最終的に残ったのを焼肉丼用に充てるそうです。主に前足の一部とバラ肉だといいます。
牛一頭を枝肉で仕入れて自前で部位別に切り分ける肉屋さんが少なくなりました。ボックスミートといって切り分け作業は外注になっています。
近江牛の将来にとって、肉屋さんの肉を見る目や、肉を見分けながら切り分ける技術が衰退していってもいいのか、そこが心配です。
その焼肉丼ですけど、肉だけでコストが630円で、ご飯が38円します。それを680円で出してますやろ。お客さんから焼肉丼と言われたらうちの儲けはないんです。定食にしてもらえたらやっと儲けになります。
という大将ですが、かね安はあいにく焼肉丼が有名。焼肉丼目当ての客がいちばん多いそうです。
「いや、大将、そんなんウソやろ、そしたら店がもたへんやんか」と言いかけて、さっきの店構えを思い出しました。
ほんまかもしれへんなあ・・・
焼肉丼だけでは肉と玉ねぎだけで栄養が偏る、定食でバランスよく栄養をとってもらいたいという大将。
栄養のバランスもそうですが、定食についてきた玉子豆腐(自家製)、キャベツとツナのサラダ、味噌汁、どれもおいしいから、その点からも定食にしてよかったと思いました。リンゴまでついてます。
昭和22年に近江牛のすき焼きを始めた
このすき焼き鍋、なつかしいなあ。子供の頃はこれやったなあ。
うちは昭和22年からやってますしね。まだ古いのが2階にありますけど、そこの鍋で、どうやろ、30年くらい使ってますかねえ。南部鉄のね。
これを売ってくれというお客さんがおられるんですわ。どこ探しても売ってないらしいですね。
昭和22年といえば、もり志満や岡喜よりもはるかに古いことになります。近江牛の歴史を見ても、ブランド牛にはほど遠かった時代です。
不思議な店でした。大将との話は尽きませんでした。
ひととおり話が終わって大将は向こうのほうに引っ込むのですが、すぐまた話し忘れた事柄を思い出して戻ってきます。刑事コロンボのようです。
関西と関東のすき焼きの違い、近江牛の等級、滋賀県の行く末・・・
私も話好きですから、そのまま何時間でもいられそうでした。
店を出て、店構えを再び目にして、「よくぞ、おさちゅん、この店に入ったものだ」で今夜のブログを書き始めようと思った次第です。
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